南くんのとなり | ナノ
岸本くんの牽制
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「なんや板倉、最近はいつもの鬱陶しい元気ないやんけ」
「実は・・・こないだ、天使みたいな子に会いましてん」
「はァ?天使?」



放課後の練習が終わって、汗だくになった部員たちがドッと部室に流れ込んだ。豊玉のバスケ部は全国でも強豪といわれていて、設備や遠征など学校からの投資が一番多い。
エアコンの完備された綺麗な部室は、練習後の部員にはオアシスのような場所だった。

その一角で聞こえる一際大きな声がふたつ。


「今日日、天使なんて言う奴おるんかいな。鳥肌たったわ」
「せやかてホンマなんですって!」


ロッカーの前で言い合う岸本と後輩の板倉。殆どの奴らが練習でヘバって黙ってるというのに、こいつらは相変わらず元気だなと呆れてため息が出た。
三年の先輩たちも、聞こえてきた内容が内容だけに俺と同じように呆れていた。アホな後輩ですんません、と口にはしないが心の中で謝っておく。


「で、どこの子なん?」
「うちの学校ですよ。多分、図書委員の」

(図書委員なぁ・・・)

そういやうちのクラスの図書委員は名字やったな、と思い浮かべる。担任に気に入られてるから無理やりやらされたんだったっけか。選ばれた時の彼女の顔が思い出されて俺はくくっ、と笑った。


「わざわざ俺を追いかけて、落とした生徒手帳届けてくれたんです」
「で、惚れたっちゅーワケか」

「一目惚れですわ」


ポッと頬を染める板倉に俺と岸本は半笑いで、まあ頑張れやと一言かけておいた。


「それ名字とちゃうやろな」

何やら少し黙っていた岸本が思い出したようにポツリと言った。


「名字?」
「アホ、先輩やでさん付けろ」
「痛いっすわ!」

ゴン、と岸本に殴られる板倉。乱暴に見えるが岸本は一年の中でも特に板倉を気に入っていて、あれは一種の愛情表現だと俺には分かる。
(不本意やけど幼馴染やからな・・・)


それにしても板倉の一目惚れの相手は本当に名字なのだろうか。
「なあ南!あいつ最近当番やったやろ?」と俺に聞く岸本に「そうかもな」と曖昧に返した。

いい加減はよ帰れよと先輩に急かされて、板倉を問い詰めてた岸本や他の奴らは慌てて着替えだした。すでに着替え終えていた俺は一足先に部室をでて帰ることにする。


最終下校時間とはいっても、夏に近づくにつれて最近はこの時間でも空は明るい。
ちょうど校門に差しかかった時、不意に誰かに声をかけられた。


「部活おつかれさま」

そちらを見ると、小さく手を振る名字がいた。俺は慌てて部室の方を見たけど、まだあいつらが出てくる気配は無かった。
(なんで、慌てたんや、俺?)


「今日は自転車じゃないんだね?」
「ああ、修理中やねん」
「なるほど」


どうしてこの時間に学校にいるのかと尋ねると、委員会の集まりがあったからだと教えてくれた。委員会と聞いて、さっきの部室での会話を思い出す。
(・・・どうなんやろか)


そのまま並んで歩きながら、ここ最近で誰かに落し物を届けたかどうかを聞いてみることにした。


「・・・届けたよ?一年生の男の子に。大きな男の子が図書室で生徒手帳落としてね」

それがどうかしたの?と首を傾げる彼女に、何でもないと伝える。


「あ!そういえば・・・あの子バスケ部だよ。南君の後輩だと思う」

(・・・名字が天使ってことか)


思い出したように名字がそう言って俺の方を見たけど、「誰やろうな」と曖昧に頷いて話をそらした。
何となく、板倉の事を言うのは憚られて。それがどうしてかは分からないまま。
周りに誰もいないことをさっと確認して帰り道を急いだ。
(最近の俺は、なんかおかしい)





「岸本さん、あの人」
「さっき言ってた名字や」
「俺の天使・・・」
「やっぱりか」


隠れていた脇道の塀からでて、隣でしゃがんだままの板倉を立たせる。
(・・・デカい体して何縮こまっとんや)

二人が並んで歩く後ろ姿を遠くに見ながら、後輩の肩にぽんと手を乗せた。


「傷は浅いで。あれは望みないわ」
「えっ!あの人ら付き合うとるんですか!?」
「・・・そうやないけど、とにかく名字はヤメとけ」
「名字さん・・・せっかく名前が分かったところやのに」


幼馴染だから分かると言うのもなんだが、最近の南の様子はちょっと可笑しくて。思えばそれ全部に名字が関わっていた気がする。

その証拠に、彼女をこの後輩から隠すようなあの態度。今まで浮ついた気配の無かった幼馴染も、とうとう心の変化があったのかと半ば感心している俺がいた。

とはいえ、負のオーラを放つ板倉をドンマイと励ます。


「しゃーないな。たこ焼き奢ったるからショボくれんな」
「ホンマですか!」


「先輩好きですわー」と俺の先を行く現金な後輩に蹴りを入れて、南たちとは反対方面に向かって歩き出す。
板倉には悪いが、今後の展開が少し楽しみになったと、一人ひっそりと笑った。



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