忘れものふたつ
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(ふぁ〜あ・・・)
がやがやと音の絶えない教室でひとり窓の外を眺める。それにしても5時間目ってのは、どうしてこうも眠たいんだろう。
ちょうどお昼休みが終わったところで、お腹が満たされてるからなんだろうけど。
それにしても眠たい。さっきから止まることのない欠伸のせいで、いいかげん、顎も痛くなってきていた。
「席つけよー」
授業の始まりを告げる鐘と同時に古典の先生が教室に入ってくる。
でもこのぽかぽかした気温のなかではその授業もまじめには聞いていられそうにない。
始まって20分と待たずに机に突っ伏す人がちらほら。皆さっきまで元気だったのに。
そんな中いつも爆睡している隣の彼を盗み見れば、驚いたことに今日は起きてるようだった。
「・・・なん?」
「ふふっ。南君めずらしーね」
見られてることに気付いたのかこちらを向いた南君。古典好きなの?とひそひそ声で聞くと、「そんなわけあるか」と返ってきた。
「昨日寝すぎて、今寝れんくなってる」
真顔でそんなこと言うものだから、私はまた小さく笑った。
「名字は好きなんか?」
一瞬何について聞かれてるのか分からなかったけれど、すぐに古典のことだと気づいた。
そんなわけあるか、と南君のモノマネで返すとキョトンとした表情のあとにくつくつと笑いだした。もちろん授業中だから控え目に。
「・・・なんや名字、おま、全然似とらんわ」
「その割りに結構ウケてるね」
「いや、名字がそんなんするて思わんかったから」
「・・・あ、でも古典好きなわけじゃないよ?ふつう」
胸張って言うことでもないけど、成績は良くない。勉強も運動も人並みの私。悩ましい限りだ。
「やる気はちゃんとあるんだよ?」
そう言ったら、また南君に鼻で笑われた。
このやろ、もうノート見せないからね!・・・とは口に出しては言えないので、せめて心の中で言っておいた。
「そうなん?教科書も出してへんからやる気無いんやと思ってた」
「ああ、出すの忘れてた・・・んん?」
ガサゴソと机の中とか鞄の中とか探したけど、古典の教科書、ない!
「あはは、忘れたっぽい」
「・・・みたいやな」
頬杖をついてこっちを見てた南君は愉快だと言わんばかりににんまりと笑ってた。なんとなくムカついたので無視して前を向いた。
先生が気だるい感じで教科書の一文を読みだす。
(今日はずっと南君に笑われてるなあ・・・)
周りの人たちのほとんどは寝てしまって、それぞれが夢の中。文章を読み終えた先生が教室を見渡す。
(ちょ、)
ふいにその先生と目があってしまった私は慌ててそれを逸らしたけど、時すでに遅しとでもいうのか。
「名字、今んとこ訳な」
「はっ・・・は、い」
先生に当てられて焦る私を見てくすくすと口元を押さえた南君が横目に見えた。何か言い返してやろうかとも思ったけど、とりあえず教科書を見せてもらわないと。
私は右隣にコソッと、教科書見せて、と呟いた。
「あ・・・」
間の抜けた声でこちらを向いた南君は、顔の前に手を出してごめんと言った。
「俺も忘れたみたい」
「あらま」
「名字、はやくしてくれー」
私たちはお互いに苦笑しあって、さてどうしようかと先生の方を見たとき。天の助けといわんばかりのナイスタイミングで授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
今んとこは明日なー、と言って先生がいなくなったあともしばらく口元がにやけてた。そして私はもう一度横を向くと、南君にくり返す。
「やる気はちゃんとあるんだからね?」
「くくっ・・・はいはい」
なんだか悔しかったので、もう教科書は忘れないようにしようと思う。