南くんの動揺
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「名字、こっち向け」
「岸本く・・・ん」
私の目の前にいるのは、いつもと雰囲気の違う岸本君。その顔がすぐ近くに迫っていた。
「お前のことが好きや」
「え、でも、私は・・・」
「南より俺にしといた方がええで」
彼が熱い視線で私を見つめると、どんどん距離が無くなっていって。
思わず目を瞑ると、すぐに唇に柔らかな感触がする。
夕陽で伸びた影が一つに重なっていた。
「・・・ていう夢を見たの」
「ぶふっ・・・くく、ははッ!」
隣で肩を震わせているのは、登校中にばったり会った南君だ。どうやら今日は朝練が無い日らしかった。
今朝見た夢を(もちろん「南より俺に〜」のくだりは省いて)打ち明けると、普段クールな彼にしては珍しく目に涙を溜めるほどに笑っていた。
「南君、笑いすぎ」
「くくく・・・ああ、ごめん。でも、何で岸本と・・・ぶっ」
軽く睨みながら咎めると、彼は一度は謝ったものの暫く笑いが引きそうにない様子だった。私は小さくため息をついた。
岸本君に告白されて、キ、キスまでされる夢を見た理由はなんとなく自分で分かっていた。たぶん先日、元クラスメートの吉田君に告白されたのと、その後岸本君に散々からかわれたからじゃないかと思う。
(それがミックスされて、あんな夢に・・・)
声や感触が妙にリアルだったから気を抜けばすぐに脳内で再生されてしまうので、私はちょっと困っていた。
「南、名字!」
「あ・・・」
(き、岸本君!)
下駄箱に着くと、すでにそこにいた岸本君が私たち二人に気付いたようで、「うっす」と挨拶してくれて今日も元気そうだった。
私が少しぎこちなく挨拶を返しても気にせずに、それよりも聞いてほしい事があるとでも言うような様子で近づいてきた。
「俺な、昨日、名字と付き合う夢見たんや」
「うそ、」
「は・・・?」
それまでニヤニヤしてた南君もおどおどしていた私も、それを聞くと一瞬で二人して固まった。
相変わらず岸本君は楽しそうに隣で笑っている。
「正夢ちゃうか思って。名字、俺と付き合わんか?」
「む・・・」
「む?」
「むりっ!」
私が顔を真っ赤にして拒否すると、「そない全力で拒むなや」と言って岸本君が泣き真似をしたけど聞こえないふりをして放置しておいた。どうせ彼が冗談で言っているのは分かっていたからだ。
こんな偶然があるんだなんて私がドキドキしている間も南君は黙ったままで。そんな彼が気になって見ていると、
「痛っ!?」
「み、南君?」
朝の予鈴が鳴ると同時に岸本君をパシッと叩いて、さっさと一人で教室に行ってしまった。それを後から追いかける私と岸本君。
「なんやったんや、あいつ」
「どうしたんだろうね・・・」
南君の突然の行動に、知らない間に嫌な思いをさせてしまったんだろうかと不安になった。それが顔に出ていたのか、「名字は気にせんでええやろ」と岸本君が言ってくれたので、とりあえずは気にしないでおこうと思った。
「・・・」
(お互いの夢を見たところ、馴れ馴れしく名字に触れる岸本、岸本に軽い告白をされて顔を赤くする名字・・・全部がなんとなく嫌で、見てられへんかった)
(何でかは・・・分からんけど)