バレンタインデー
( 20/78 )
南君のことが好き。そう意識してからというもの挨拶一つでも気が漫ろになってしまい前のように気楽に話すことが難しくなった。
それでも近くにいれば彼は話しかけてくれるし目が合えばフ、と微笑んでくれるから、私の気持ちは日に日に大きくなるばかりだった。
「で、渡すん?チョコ」
私の前の席に座っている友人は、椅子を後ろ向きにして座って私の机に頬杖をついていた。ゴソゴソと食べ終えたお弁当箱の片付けをしていた私は一寸そちらに目を遣ってから鞄の中に残る水色の包みを取り出した。
「渡したいけど・・・」
「せっかく作ったのにもったいないで。名前のチョコ、美味しいのに」
そう言って私が持っているのと色違いのピンクの包みをひらひらと目の前で振る。先ほど食べて、中身はもうない。
友人が持っているのは所謂、友チョコというやつで。昨日の夜に作って持ってきたものだ。
何を隠そう、今日はバレンタインデーだったりする。
「告白する訳やないんやから気軽に渡せばええやん。友チョコやで、って」
「む・・・」
「名前仲良いし受け取ってくれると思うけどなぁ」
とニヤニヤした顔で私を見ていた。
私自身がこの気持ちに気付いたのはつい先日だというのに、この親友は私が「好きな人が出来たの」と報告すると被せ気味に「南なんやろ?」とズバリ言い当てたのだ。
私の気持ちを察してくれるのは嬉しいけど、読まれすぎるのも考えものだと思った。
それからというもの、私が彼と話しやすいように気を利かせたりと、なんやかんや協力してくれていて。心強いのは勿論なんだけど。流石にまだバレンタインにチョコを渡す勇気は私には無かった。それが友チョコだったとしても。
「ほら南が帰ってきたで。あー・・・あの手に持ってんの本命チョコなんちゃう?」
「やっぱり、南君てモテるんだね」
前から知っていたけれど、と心の中で呟く。
この昼休みだけでも何個か貰ったみたいで、自分の席に戻るとそれを部活の大きなバッグに詰めていた。
入りきらなくて困った様子でいる彼に近くの女の子が紙袋をあげていた。たぶん、その子はそれに入れていたチョコを既に誰かに渡し終えたんだろうなぁ。
「いいなぁ・・・」
それを眺めながら、私はひっそりとため息を吐く。
「・・・これも食べてくれない?」
やっぱり渡すのは諦めようと思い友人に持っていた包みを渡すと、彼女は私よりも深いため息をついて「しゃーないなあ」と言ってそっと受け取ってくれた。
ありがとう、と両手を合わせる。
「今年だけやで?来年は、一個しか受付けへんからね」
そう言うと、私のチョコを目の前で美味しそうに食べてくれて、こんな親友が側にいてくれて私は幸せ者だと思った。
正直、渡せなかった事への後悔よりも嬉しさの方が優ってしまっていたけれど、それを言うと呆れられてしまうのは目に見えているので黙っておくことにする。
「名字、これ昨日借りてたノート。助かったわ。ん、なんや美味そうなん食べてんな」
友人とたわいない会話をしていると、ふと誰かが隣に立っていた。
「み、南君っ!」
「ええやろ、名前のチョコ」
私にノートを差し出していたのは話題に上がっていた南君で、彼の視線は友人に向けられていた。
「ええなー名字のチョコやったらうまそう。俺には友チョコないん?」
「・・・えっ!」
「あらま」
友人がポンと私の肩を叩いて、耳元でどんまい、と呟いた。