君じゃないと
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テストが終わり返却されて、それぞれが一喜一憂する頃。秋も終わりに近付いて、ぐんと冬の気候になってきた。
「名字、ちょっとええか?」
「・・・南、君?」
朝いつも通りに学校について自分の席に座っていると、後ろから肩をそっと叩かれた。誰かは見なくても分かった。最近はなんだか話すことも少なかった気がする。別に喧嘩をしたわけでもないのに、私は少し緊張気味に振り返った。
「頼みがあんねん・・・」
「どうしたの」
「俺、英語追試になってしもてん」
「え?」
頬を掻きながらぽつりと言う南君。近くでガタッと音が聞こえてそちらに視線を向けるけど、隣の席が空いたままなのを確認すると私の方を見た。
「追試パスせんと冬の大会出れんって担任に言われてん。名字に教えて貰いたいんやけど」
「そ、そうなんだ。私はいいけど、あの子、は・・・?」
「あー・・・うん」
少し困った顔をしてもう一度隣の席を見やると「アイツには悪いけど、あんま理解出来んくて・・・関係ない話多いし」と小声で言った。南君がふいに顔を近づけて言ったものだから、ドキッと心臓が鳴った。
(なんでこんなに意識してるんだろ、)
「ほんで、追試なんやけど・・・明日やねん」
「えっ!」
申し訳なさそうに両手を合わせる彼を見て気を遣うのもどうかと思い、「死ぬ気で勉強してね」と笑顔付きで言うと「・・・おう」と少しだけ引きつった顔で返した。
授業合間の休み時間も、昼休みも、放課後も(部活は出るなと言われたらしい)、時間の許す限り英語に取りかかった。休み時間にはときどき、南君の隣の子から注ぐような視線を感じたけど、本人が必死に頑張ってたから私も何も触れずに気にしないことにした。
「送るから後ろ乗ってや」と言われて、自転車に乗るのはいつぶりだっけと考えるけど、南君がサドルに跨って私を見てたから慌てて荷台に座った。
夕方の閑静な住宅街を二人乗りした自転車がゆっくり走る。今朝までの気まずさが嘘みたいに(私が勝手に思ってただけなんだけど)、たくさん話をした。バスケの事とか、冬休みの予定とか。
(南君は三ヶ日以外は全部バスケらしい)
遠くにある沈みかけの夕日をみてなんだか寂しく思いつつ、風が冷たいね、なんて言って少しだけ強く南君の肩を掴んだ。
「私の家、そこなんだ」
少し先の一軒家を指差して言うと、その前で自転車がキキ、っと止まる。
どうやら南君の帰り道の途中だったようで、「俺ん家こっからチャリで10分くらいやで」と言うから実はこんなに近い距離に住んでたんだねと二人して笑ってしまった。
数日後、冬休みに入る少し前に、追試験の答案用紙をスッキリした顔で見せてくれた南君に、「おつかれさま」と声をかける。
「俺、名字がおらんとアカンな」
きっと深い意味は無いはずなのに、私はその一言に鼓動が早まって顔が熱くなるのを感じた。