この子ください
夏休みも終わりに近づいて、それまで考えないようにしてた真っ白の宿題たちをさすがに放置出来なくなった俺は、越野の家に押しかけて助けてもらうことにした。
「いいぜ。俺もまだ終わってないけどな」
ついでに泊まっていけよと言われて電話越しにお礼を言うと、荷物を持って寮をでた。
家に着くとちょうどおばさんが出かけた後らしくて、挨拶もしないまま越野の部屋に通される。
「越野・・・あの子は?」
越野の答えを見ながらやっと数学の宿題を終えたとき、ふと視線を感じて顔を上げると、5歳くらいの女の子がドアの所にいるのが分かった。
真っ白な肌に真っ黒の髪、大きな瞳のその子と目が合った俺は、とりあえずにっこりと笑って返す。
「あ、名前起きたのか」
「おにいちゃん・・・ママが、いないよ」
「名前ちゃん?」
「そ、俺の妹」
越野にこんな小さな妹がいたのかと驚いた。俺の周りにはいない小さなその子を、ついついガン見してしまう。
「こっち来いよ名前。ほら、俺の友達だから怖くないぞ」
「怖くないぞー」
俺をチラッと見た後に近づいてきた名前ちゃんをよいしょ、と胡座の上に乗せた越野は「仙道っつーの。せ・ん・ど・う」と俺の名前を教えた。
「・・・せん、どー?」
少し発音がおかしいけど、幼い子特有の舌足らずな感じと首を傾げてこちらを見上げる可愛い表情は、俺のハートをすぐに射抜いた。
一応言っておくけど、俺はロリコンという訳ではない。
「なんだよ可愛すぎだよ。いいな、妹」
「お前ひとりっ子だっけ?」
「いや、姉貴がいるよ」
俺もいるけど、と言いながら名前ちゃんの頭を撫でる越野。そのどや顔にムッとしたけど、彼女の気持ち良さそうに笑う顔にすぐ癒された。
「名前も、おねえちゃんいる」
「怖いよなー?」
「お姉ちゃん、怖い人なの?」
俺がそう聞くと、ふるふると首を振って、越野を見上げた。何か言いたそうだったのでそのまま待っていると、「おねえちゃん、名前にやさしい。でも、おにいちゃんのほーが、やさしい」と頬を染めるものだから、俺の中の可愛いメーターは一気に振り切れた。
「越野くん、名前ちゃんを俺にください。おにいちゃん交代しない?・・・なんて、」
嬉しそうに名前ちゃんを抱きしめていた越野は俺がそう言うと、般若のような顔をして睨み返してきた。
「お前みたいな適当人間にうちの名前をやるわけねーだろ!帰れ!」
冗談だったのに本当に追い出されてしまった俺は残った宿題をどうしようか悩んだ後、植草にでも頼もうと考える。
その前にとりあえず釣りでもするかと道具を取りに帰った。
(・・・今度、名前ちゃんを釣りに誘うのもいいな)
(ねえ、おにいちゃん・・・せんどーは?)
(知らねー)