海にいこう!
夏休みになって、最近の我が家には小さな女の子がいた。なんでも母の友人の子らしく、諸事情で少しの間だけ預かるように頼まれたらしい。
「しんくーん!海いこーっ!」
部活が休みですることが無かった俺がリビングのソファで寛いでいる隣に、元気よく飛び乗ってきたのがその女の子の、名前だ。
何故か俺はこの子に懐かれていて、暇さえあればくっつかれていた。俺の見た目はなかなか子供には好かれにくいらしく(決して老け顏とかそういうワケではない)、こうやって懐かれることは珍しかったので純粋に嬉しく思っていた。
(・・・子供は嫌いじゃない)
だからだろうか、俺はついつい名前を甘やかしてしまうんだ。
「砂浜だけだぞ」
「えー!」
「じゃあ連れてかない」
「いこっ!砂浜いこう!」
「・・・まったく」
しょうがないなと言って母に出かける事を伝えてから、すでに準備万端で玄関にいる名前の所に急いだ。
「しんくんは名前の言うこと何でもしてくれるね」
海に着いて砂浜で城を作っている時に、ポツリと聞こえた一言。
「そうか?」
確かに甘いのは自覚しているが、そもそも部活ばかりの俺はあまりこの子と遊んだり出来ていないのだが。
「ありがと!」
「・・・なんだ、急に」
立ち上がって俺に抱きついてくる名前。俺はしゃがんでいる状態だから、その腕はしっかりと俺の首に回されていた。
驚きはしたが、そんな行動も年相応で微笑ましかった。この際、土まみれ(むしろ泥まみれ)の手で抱きつかれていることは水に、いや海にでも流してしまおう。
「しんくん、大好きだよ!」
「ありがとな」
「む。おれもだよって言ってほしかった!」
「はいはい。俺も好きだよ」
「よろしい!」
俺の前をぴょんぴょん跳ねて喜ぶ姿を見て、妹がいたらこんな感じなのだろうかと頬が少し緩んだ。
(・・・悪くないかもしれねぇな)
「ほら、帰るぞ」
少し先で砂浜にしゃがみこんでいた名前に近づいた。
「手つないでくれるー?」
そう言って俺に伸ばされる小さな手。
「ああ、ほら」とその手をそっとすくい取る。途端に、ぱぁっと笑顔を浮かべる名前。笑った顔は、普段のそれより何倍も可愛いと思った。
「しんくんの手は、おっきいね。背もおっきい!」
「お前ももう少ししたら大きくなるぞ。まあ、俺ほどはならないだろうが」
「えー!しんくんと同じくらいがいい!」と、不満そうに頬を膨らまして俺を見上げる名前。この子が俺くらい大きくなった所を想像してみるが、184センチの女性が自分の隣にいるっていうのは・・・。
「・・・女の子は小さい方が可愛いんだよ」
「うーん。じゃあ小さくていいや」
「そうだな」
二人して笑いながら、家に向かって海辺を歩く。小さな手を引きながら、この子と過ごすあと少しの時間をもっと大事にしようと思えた。そんな、海からの帰り道だった。