夢から醒める夢を見て | ナノ
人の不幸がお好きでしょ



先日、学校帰りにたまたま居合わせた神と、少し話をした。

今までほとんど接点のなかった「ご近所の神さん」から「少々生意気な後輩の神」に関係が変わると、不思議なことにそれから顔を合わせることが多くなった。マンションでも学校でもお互いに気が付けば頷くなりアイコンタクトを取るなり、はたまた手を振るようにもなって、その時私はいつも彼の近くに清田の姿を探したけれど、期待も虚しく、神の隣には大体決まった女の子が歩いていた。

……確かあの女の子も私たちと同じマンションだった気がする。仲良さげな雰囲気からして二人は付き合ってるのかな?とも考えたけど、そこまで聞けるほど私たちは親しい訳じゃなかったので、その関係はあやふやなままだ。まあ、みたとこ仲がいい幼馴染って感じかな。

なんて、どうでもいいことをつらつらと考えて歩いていた私は、横からの思わぬ衝撃にヒュッと息を止めた。


「……っ!!!?」

「あ!」
「うわっ あんた何やってんの!」


そろそろ夏だ。確かに最近は暑い日が続いて、いっそ水でも浴びたいと考えたことがないとは言わないけれど。


「ちょっと〜、やりすぎじゃない?」
「手が滑っちゃったんだって」


近くに花壇もないこんな場所で何のためにホースを使う予定だったのかは知らないが、水道を捻ったときに思わず水が飛び出してしまったらしい。タイミング悪くそれを頭から被った私は、インナーが透けるほど濡れている自分の制服を見下ろし、肌に張り付く不快感に眉を顰めた。


「ふふ、謝っとけば?」
「あーごめんね?わざとじゃないよ?」


水をかけた相手が私だと気が付いた様子の女子二人は、途端にくすくすと笑いながらこちらを見ていた。


……くだらない。


これまで話したこともない私に対して彼女たちがどんな思いを持っているのか、さらさら興味もないけど、きっとこういう輩は相手が誰であろうと関係ないんだろうな。学校中で良くない噂が広まっている女だから、水を掛けようが自分たちの行いは誉められこそすれ非難される筈もない。そういう愚かな考えで、平気で人を傷付ける。


いや、まあ、別にこれくらいで私は傷付かないけれども。


結局、ホースで何をするでもなくその場を立ち去った二人組をぼんやりと眺めながら、さてどうしようかな、と思考を巡らせる。間もなく授業が始まるけど、こんな水浸しで教室には戻れないし。かと言って家に帰るには、教室の荷物を取ってこなくちゃいけないし。どっちにしろ戻る必要があるなら、まずはこの制服をどうやって乾かすかだけど……


「名字、なんでこんなに濡れてるんだ」


立ち尽くしたままあれこれ考えていた私のもとに駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んできたのは、牧だった。声だけで誰かは気付いていたけれど、今は返事をするのも億劫だった。

だって、だって。こうなったきっかけは、あんたでしょ。他にも私の態度だとか、いろいろ原因はあるんだろうけど。でも、この理不尽な現状を作り出したきっかけは。間違いなく、牧からの告白だ。


「…………名字?」


顔を上げない私を不思議に思ったのか、どこか焦った様子が声から伝わる。

バサリと肩から被せられた制服のシャツ。とんでもなく大きなサイズのそれは、たった今まで彼が着ていたものだ。見上げると、Tシャツ姿の牧がいて、やっぱり心配そうに私を見ていた。


「保健室、いくか?」
「…………」


牧は「良い人」だ。たぶん、こうして水を被って困っているのが私じゃなくたって、すぐに手を差し伸べるんだろう。告白を断られたって、冷たい態度を取られたって、学校中で悪い噂が流れてる相手だからって、態度を変えたりしないんだろう。そう、最初から態度が変わらないのは、牧だけだった。牧だけ。

それが……私の苛立ちに繋がって、お腹の中で渦巻いていた嫌な気持ちが溢れ出した。


「私……あんたの事、大っ嫌いなの」


なんて嫌な人間だろう。助けようとしてくれる人に対してこんな態度。さっきの二人組より酷いかもしれない。けど、私のやり場のない気持ちは、すでに牧に向かってぶつけてしまった。そして、顔を上げてすぐに後悔した。


「……っ、」
「……すまん」


初めて見た、傷ついた顔。そしてすぐに謝られる。なんなのこれ。なんでこんな、苦しく感じるんだろう。

肩にかけられた牧のシャツをぎゅ、と握る。少し掠れた声で「もう放って置いて」とだけ言ってそれを突き返し、背中を向けた。これだけ言えばもう彼が私に関わることもないだろう。そうして欲しい。後味は悪いけど、これでよかったんだ。そう思いながら歩き出したとき。


「悪いとは思ってる。けど、誰を好きでも俺の自由だろう」


すぐに足が止まった。何この男、人を見る目なさすぎるんじゃないの?という考えを、口にはせずに振り返った。


「はっ、え、ちょっ」
「ほら行くぞ」


思ったよりも直ぐ近くにいた牧は、もう一度私に向かってシャツを広げて、今度は頭の上からすっぽりと覆い隠すように被せた。まるで警察に連行される犯人みたいな、って、そうじゃなくて、


「ねえっ……」
「早くしないと授業が始まる」
「こっ、こんな気遣いいらないからっ」


離して、とか触らないで、とか言っても牧はぜんっぜん聞く耳を持たなくて。身体を捩って抵抗しても、びくともしない力で肩を抱かれたまま、足早に保健室へ向かう牧。

午後の授業の始まりを告げるチャイムを背に、強引な彼に連れられて保健室の戸を開けた。驚いた顔の保健医は、事情を話すと制服とか髪が乾くまで滞在することを許してくれた。ドライヤーがどこかにあったはず、と席を外した保健医を横目に、くるりと方向転換した牧は、「風邪、ひかないようにな」とだけ残してさっさとドアの向こうに消えた。


「……この制服、どうすんのよ」


手の中に残る少し湿った大きなシャツを見下ろす。

諦めとも怒りともなんとも言えない感情が胸の中でぐるぐると巡り、私の重い溜め息が誰もいない保健室に静かに吐き出された。


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