夢から醒める夢を見て | ナノ
そうしてこの想いは滲む



どうせこの騒ぎもしばらくしたら落ち着くと、どこか他人事のように考えていた私。けれど相変わらず靴箱には悪口の書かれた紙が入っているし、今朝はとうとう机の中にまでゴミが詰め込まれていた。段々とエスカレートする嫌がらせには流石の私も参る。

たしかに私は愛想が良くないし、言い方も悪かったかもしれないけど、こんなふうにされるほど悪いことをしたとは思ってない。

こんな……ドラマとかで観るようないじめ、本当にあるんだ。


「……ねえほら、名字さんだよ」
「あんなの外見だけの性格ドブスじゃん」


どこからか笑い声がする。廊下を歩いていると、すれ違いざまに聞こえた陰口。意地でも表情は変えずに素通りする。はいはいはい。好きなだけ言ってください。聞こえないように小さく舌打ちをして、さっさと自分の教室に戻った。


「……名前!」


席に着くと、クラスの女の子と話していた愛子がこちらに気付いて駆け寄ってきた。「またなんかあった?一緒に行けば良かったね」と困り顔をする彼女に心配させていることが忍びなかった。友達が多い彼女は、クラスの中で浮いてる私に構うことで困ったりしていないだろうか。

実際、さっきまで彼女と話をしていた子たちは、私に向かって不快そうな表情を隠しもしていなかった。あまり話したこともないのに随分な嫌われようだ。






「あ、名字先輩」


学校帰り、いつものコンビニに寄り道していた私を呼び止める声。
まさか声をかけられるなんて思わなくて、驚いた表情のまま彼を見上げた。


「……えっと、神……くん」
「ハハ、いいですよ神で」


ばったりと出会ったご近所さんの神は、同じ学校に通うひとつ年下の男の子で。つい先日もこのコンビニの前で会ったばかりだった。

小学生の頃に何度か話をした記憶はあるけれど、こんなふうに気さくに話しかけられるような間柄では無かった筈だ。何の用だろうと不思議に思っていたのがバレバレだったようで、「先輩、顔に出すぎです」と笑われてしまった。


「最近、先輩の名前をよく聞くんで」
「…………」


そういうことかと納得する。
大方、私の良くない噂でも聞いてるんだろうな、と溜息を飲み込んだ。


「あ、勘違いしないでくださいね」


そんな私の様子を見て、彼は少し意味深な笑みを浮かべていた。


「くだらない噂話のことじゃないですよ」
「じゃあ、なんで……」
「バスケ部だからって言えば分かりますか」
「バスケ……ああ、なるほど」


神は牧の後輩なのか。あまり周囲を気にしない私でさえ牧の名は知っていたけれど、ご近所といえど神が何部かまでは知らなかったから驚いた。海南のバスケ部は全国でも有名な強豪校だ。そこに所属しているくらいだからきっと彼もバスケが上手いんだろう。文句無しに背も高いし。

そこではたと気付く。
ということは、つまり……


「あの子……清田……くんも、そうなの?」


口にしてからハッと手で覆う。つい聞いてしまった。こんなの私らしくないのに。気まずく感じていると、一瞬黙っていた彼がまたクスクスと笑いだした。


「へえ……信長みたいなのが好みなんだ?」
「べつに、そういう訳じゃ……」
「牧さんも大変だな」


思わぬところで清田の下の名前を知り、口元を緩めていた私は、神の呟きには気が付かないまま。

そんなことよりも、清田への気持ちに気付かれてしまったらしい。少ししか話していないけれど、神にバレると厄介な気がする。


「……名字先輩て、案外分かりやすいんですね」
「ち、違うからね」
「いいですよべつに隠さなくても。俺、口外しませんって」
「……っ、」


親しい仲でも無いくせに、妙に馴れ馴れしい。こんな意地悪な子だったのかと警戒しつつも、神のそのハッキリとした物言いはむしろ好感が持てた。愛子以外の人とこんなふうに会話することも減っていたから尚更だ。

愛子にも伝えていない気持ちを神に気付かれたのは喜べないが、同じマンションへの帰り道、並んで歩く時間は存外気が楽だった。


「そっか……信長のこと、好きなんですね」


ただ、マンションのエントランスでの別れ際。どこか憐れむように呟いた彼の顔が気になってしばらく頭から離れなかった。

その憐みは、誰に対してなのか。



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