あとに残るはすり減る心
恋をすると人は変わると聞いたことがあった。どうやらそれは私も例外じゃないらしく、近頃はしっかりと髪を梳いて身だしなみにも気をつかったりして、自分の中にもこういう女の子らしいところがあったのかと新しい発見をしたのだった。
「ねえ、やっぱり何かあったんじゃない?」
「何かって?」
「だって名前……可愛くなった」
「……ありがと」
可愛いと言われて嬉しく思うのも、今までは無かったことだ。愛子に言われるとなおさら嬉しかった。彼女はこういうことで嘘は言わない人だから。
愛子にはまだ、好きな人が出来たと伝えていなかった。言いたくない訳じゃなく、なんだか改めて話すというのが恥ずかしくて。別に彼氏が出来たわけでもない癖にわざわざ報告なんて…と自問自答しながら、けれどやっぱり打ち明けなければ、とは思っている。
いま、言ってしまおうか。教室はとても活気があるし、内緒話をしたところで周りには聞こえないはず。
「あのね、愛子」
「うん?」
「私……実は……」
深呼吸をひとつ。急に真面目ぶった顔をした私に首を傾げた愛子。しかし、向かい合った私達にゆらりと近付く人の影。
「名字……ちょっといい?」
開きかけていた口を閉じる。出鼻を挫かれ内心肩を落としながら、呼びかけてきた男子を見上げた。見たことのない顔。最悪なタイミング。
「話したいことがあるから、一緒に来て欲しいんだけど」
少し赤い頬に、揺れる瞳。彼が私に何の用かなんて聞かなくても分かってしまった。
話があるならここで言ってくれる?と口にした私の態度は自分でも自覚するほど悪かったと思う。どうせ何を言われても返事はノーだ。
目の前の名前も知らない彼は一瞬戸惑いの表情を浮かべ、けれど意を決したように私を真っ直ぐに見つめた。
「……俺と、付き合って」
教室のど真ん中で、それなりに通る声。ハッキリと告げられたその気持ちに反応したのは私じゃなくて周囲のクラスメート達だった。
「すごい」だとか「勇気あるな」だとか、好き勝手に盛り上がるこの空間で、誰よりも居心地が悪かったのは私だ。
「ごめん」
たった一言、躊躇わず、優しさもなく、ただ機械のように返事をした。
先ほどまでの騒がしさとは一転、急に静かになった教室。ああこれでまた色々と陰口を言われるんだろうなと、どこか他人事のように考えている自分がいた。
「………はぁ、……」
昇降口、自分の靴箱の前で朝から重いため息を吐き出した。
カサリと開いた紙には、「死ね ブス」という端的でとても分かりやすい悪口。まったく面倒だからやめてくれないかな、と肩を落とす。
先日の教室でのやりとりは、周囲の女子の反感を買ったらしかった。告白してきた男子はそれなりに人気があったようで、彼の事を好きな子たちからの嫌がらせが増えていた。
この状況を冷静に分析しながら、じゃあ逆に問いたいと思った。告白をオーケーしていたらそれはそれで嫌じゃないのかと。結局のところ、どうしたって私は嫌われるんじゃないかと。
「名前も大変だよね」
私がクラスで一人になっても、愛子だけは変わらず接してくれた。あの断り方は良くなかったかもね、なんて笑って言ってくれる。ああ、やっぱりホッとする。