満たされるような気持ち
「行ってきまーす……」
近頃は学校へ行くのが少し憂鬱で、今日も気怠さを感じながら通学路を歩いていた。朝ゆっくりしすぎたのかあまり時間に余裕は無い。
遅刻して目立つのも嫌だと思って小走りをしていると、すぐに息が切れてなんだか情けなくなった。あの角を曲がれば学校は目の前なのに。
「うおおおッ」
「……っ、!」
角を曲がってすぐ、スピードを緩めた私が悪かった。後ろから同じように走っていた男の子が驚きの声をあげて、私と彼の肩がぶつかる。
ぐき、と嫌な音がしてその場にうずくまると、バランスを崩していた相手が私を覗き込んで心配そうな顔をしていた。
「すんませんっ 俺、ちゃんと前見てなくて…!」
「いや……私こそ急に止まったし……あの、いいから先行って?」
このままでは二人とも遅刻だ。どちらかでも間に合えば今の状況も少しはマシだから、と差し出された手を取らずに立ち上がる。が、あまりの痛みに一歩も踏み出せそうになかった。
その間も心配そうにしている男の子……なんだか見たことあるような気もするけど、たぶん年下っぽいその子に、へらっと笑って誤魔化すように手を振った。
「本当にいいから。遅刻しちゃうし、行って」
「足、痛いんすよね?俺のせいで……」
ぶつかったのはどっちにも責任があるわけで、そんなに気にしなくてもいいのに、目の前の彼は納得してくれなかった。
「連れて行きますから!保健室!」
「……は?」
「ちょっと我慢してくださいっす」
「え、あっ、やめ、……?!」
ガッチリと抱えられてしまった今の私の状況をわかりやすく言うと、まさに米俵、だ。肩に担がれ、腰と太ももをガッチリとホールドされていた。足をつけないように気を使ってくれているんだろうけど、そんなことよりも恥ずかしさでどうにかなりそう。だってこんなの絶対目立つ。
「ねえっ 降ろして……」
「もうすぐ着くから!」
「うぐ、」
抱き上げられているせいで視界は高いし、流れる景色が早くて怖い。俵のように運ばれながら、ぎゅっと目を瞑り、彼のブレザーをこれでもかと握った。周りの視線を気にしてる余裕なんて無かった。
「……じゃ、先生頼んます!」
彼は、清田というらしい。保健室の先生との会話の中でその名前を聞いた。去り際に軽く会釈すると、ニッと笑って返される。久しぶりに見た他人の嫌味のない笑顔になぜか心臓がドキッと高鳴った。
なんか、悪くなかった。強引だったけど誠実な子だったし、なにより裏表や下心のない最後の表情が……うん、良かった。なんだろうこの気持ち。満たされるような、温かいような。
この足の痛みがそこまで憎く思わないのは、やっぱり彼のお陰、なのかな。