夢から醒める夢を見て | ナノ
この空気には覚えがある



その日も朝からいつも通りに授業を受け、次が終わればやっとお昼ご飯だと溜め息をついた廊下の真ん中。隣で同じようにお腹をさする愛子と他愛ない話をしていると、すれ違いざまに声を掛けられた。


「名字」


不思議とよく聞こえたその声に聞き覚えは無かった。けれど、顔を見ればそれが誰かくらいは分かる。


「……なに?」


彼、牧 紳一はこの海南大附属高校においてあまりに有名だった。でもなぜ呼び止められたのか、その理由は皆目見当がつかない。なんせ接点なんて何一つ無いんだから。


「……えっと、私は先に行くね?」
「ちょ、ちょっと愛子!」
「それじゃ……牧くん」


なかなか口を開かない牧よりも先に、愛子は気遣うような表情でその場を後にした。眉間に寄せられた皺、どことなく困っているような、悲しそうな顔。初めて見た親友のその態度に首を傾げていると、もう一度牧に名前を呼ばれた。「ちょっといいか」と言われるまま、彼の後をついていく。

この空気には覚えがある。そしてこのあと何を言われるのかも予想ができてしまった。たぶん間違っていないはず。



「やっぱり、告白だったんだ……」
「私もさすがにびっくりした」
「……ふうん」


昼休みになり、先ほどの出来事をそのまま愛子に話した。彼女に隠し事はしない。けど愛子からの返事はどこかいつもとは違っていて。

今までなら「返事は?」とお決まりのように言われていたのに、それも無い。まあ、聞かなくても私が断ることは分かってるのかもしれないけど。でもやっぱり少し素っ気ないような気がした。気になって探るような視線を向けても、すぐに話題を別のものに変えられてしまう。


「……名前、英語の予習してる?」
「してない」
「今日当たると思うよ」
「え、うそ……」
「今からでもやっといたら?」
「……そうする」


よくある会話。だけどやっぱりどこか違う。私、愛子に何かしたのかな。モヤモヤする。それに加えて、教室の入り口からヒソヒソと聞こえてくる声。

私が望む望まないに関わらず、噂というものはすぐに広がる。いいことも悪いことも。本当のことも本当じゃないことも。名字名前が牧 紳一をフッた。そんな話が校内で持ちきりになると、ますます私は居心地が悪くなった。男子からは好奇の目を、女子からは嫌悪の目を。慣れているとはいえ、あまり嬉しい状況ではなかった。

唯一の救いは、私には愛子がいること。


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