この恋の終わらせ方
( 8/11 )
家に帰ってもしばらくはむしゃくしゃが治まらなくて、クッションに八つ当たりしたり、我慢していたお菓子を家にあるだけ全部食べたり。自分でも馬鹿だとは思いつつ、子供みたいに涙を流した。
「……ぐす、っ……ぅ……」
しばらくして気持ちが落ち着くと、近くにあったティッシュに手を伸ばし、豪快に鼻をかんだ。
ぐずぐず泣きながら、その辺にほったらかしていた服を姿見の隣に引っ掛ける。これは、今日買ったワンピースだ。
「……もう嫌や……」
ふと目を向けたローテーブルには、淳くんに渡すはずだった緑の指輪ケース。
部屋の片隅にある衣装棚には私のと一緒に彼の服も入ってるし、洗面台にもまだ彼の歯ブラシが残ってる。
倒したままの写真立て、それに、この部屋にあるカーテンもラグも淳くんと一緒に選んだものだ。
「淳くんだらけの、部屋……」
明日までに片付けよう。そう決めた私は、とりあえず彼のものを小さな段ボールにまとめた。この部屋に溢れていた小物や、彼に貰った思い出も。まとめてテープで蓋をして。
最後にその上に指輪を置く。これだけはまだ入れられなかった。
なんだかガランと広くなってしまったけれど、綺麗になった部屋を見ても気持ちが晴れることはなく、逆に怒りで消えていたはずの寂しさが溢れた。
ピンポーン
感傷に浸っていると、涙と一緒に拭ったはずの鼻水まで垂れていて、とても玄関を開けられる状態じゃなかった。
誰だか知らないけれど居留守してごめんなさいと心の中で謝ってじっと息をひそめる。ピンポン、ともう一度鳴ったそれに宅配業者の人だろうかと考えながら、ただ諦めてくれるのを待った。
(……はやく、帰って)
コンコン
今度はインターホンじゃなくて、ドアがノックされた。それでも動かない私。しばらくすると静かになり諦めてくれたのかなと思った頃、もう一度ドアを叩く音がして。
かすかに聞こえたのは、苦しそうな、泣き出しそうな、記憶の中のどこにも無かった彼の声だった。
「……名前」
ビク、と肩が揺れる。
私の名を呼んだのは、間違いなく淳くんだった。私がプロポーズをして以来、話すことも無かった。
「名前」
ドアのすぐそばに彼が立っている気配がする。今さら会いたくなんてない。声を聞くだけで胸が苦しい。
……なのに。
「開けてくれへん?もう会うのも嫌なん?」
「……なんで、来たん……?」
ヨロヨロと立ち上がった私は、無意識のうちに玄関まで近付いていた。
「こないだの事……ちゃんと話したくて」
ごくり。唾を飲む音が耳元で響いた。ドキドキと心臓が早鐘を打つのが分かる。ときめいてるとかじゃなくて。淳くんの話を聞くのが怖いから。嫌な汗が背中を伝う。
「僕の返事、最後まで聞いてへんやろ」
うるさい。心臓が、うるさい。
聞きたくない。
「一生のお願いやから、聞いてや」
淳くんの声はとても弱々しく、私の知ってるそれよりもずっと掠れていた。
(……これ以上、どんな風に傷付くん、かな)
淳くんを拒絶する気持ちとは裏腹に、私の体は彼が待つ玄関のドアに手を掛け、それをそっと開いた。
「……開けてくれて……ありがとう」
私の顔を見た淳くんは、一瞬目を見開いて、それから申し訳なさそうに眉をひそめた。
強引に拭った目はきっと充血して瞼まで腫れてる。涙の跡が残ってるだろうし、鼻だって赤くなってる。
「とり、あえず……入って」
「……うん」
ご近所さんに見られて、あとで変な噂をたてられても面倒だから。言い訳をするように自分に言い聞かせて、直立していた淳くんを部屋の中へ招き入れた。背後でガチャリとドアが閉まると、彼は綺麗に靴を揃えてから私の後についてくる。
淳くんは、さっきデパートで見たときの格好のままだった。やっぱりあれは淳くん本人だったのかと落胆する気持ちだった。
「……」
「……」
部屋の様子の違いにすぐ気が付いたのか、少し辺りを見回して、キュ、と口を引き結んだ淳くん。テーブルを挟んで腰をおろした私は、今度こそハッキリとお別れを言われるんだという覚悟で、目の前を見据えた。
だけど、彼は私の向かいには座らず、その長い足ですぐにこちらへ詰め寄ると、私と少しだけ距離をおいた隣で膝を折った。
「え……な、に?どうし、たん」
深々と腰を曲げ、額と両の手を床につけた淳くん。
突然の行動に私はこれ以上ないほど困惑し、ただただ彼の後頭部を見下ろす他なかった。