ほんの少しの切なさと
( 7/11 )
母からの電話でお見合いが決まったことを相談すると、予想に反して「それもええやん」と笑みを浮かべた先輩。
ここ数週間、落ち込んでばかりの私を見ていたから、何かキッカケがあればと思っていたらしい。会うだけなら損は無い、と母親と同じようなことを言うので私まで笑ってしまった。
「そうそう、そういう笑顔でおったら大抵の男はオッケーするから。ほんで相手が良さそうやったら考えてみたらええんちゃう?」
「……うーん」
「日曜やっけ?詳しい報告待っとうでっ」
「期待してるようなことはないですからね?」
「とか言って、トントン拍子にいくかもやん」
なんだか半分面白がられているような気もしながら、「そうなるといいですけど…」なんて思ってもないことを言う。
数日後には知らない男性と向き合って、堅苦しい自己紹介でもしてるのかと考えると、胃の中に何か重いものがずっしりと詰まっているような、そういう憂鬱さを感じた。
約束の日を明日に控え、私は駅前の大きなデパートへ服を見に来ていた。
急な話だから着物なんて用意できないし、そもそもお断りする前提で会いに行くのだから、あまり気取らずかといって失礼にならないくらいのワンピースでも着ていけばいいだろうと、それらしい店を見てまわった。
値段も見た目も手頃なものを早々と購入し、あとはデパートを適当にぶらぶらして、途中、気になった本やら雑貨を手に取って楽しんだ。
(……もうええかなぁ……)
土曜日ということでそれなりに人で混み合っている店内。用もなくなってしばらくするうちに、少し疲れてしまった。目的は果たしたし、もうここにいる意味もないかと出口に足を向けた。
淳くんにプロポーズした夜から、もうすぐ3週間ほど経つ。口にするとあっという間かもしれないけれど、体感ではもう何ヶ月も会っていないような気さえする。それだけ、私にとって淳くんが大きな存在ということで。何度朝を迎えようと、胸の苦しさは消えてくれなかった。
ドン、
「きゃぁ、」
「……っ」
考え事をしているとき、自然と俯きがちに歩いてしまう癖を、何度も淳くんに注意された。いつも呆れた顔をして、でもどこまでも優しい目で私を見て、手を引いてくれた。
『気ぃつけなあかんで、名前』
こんなところでも彼の声を思い出しては、また勝手に切なくなる。
「……あの、すいません」
ぶつかった人にはすぐ謝った。小さく悲鳴を上げた女の子は幸い怪我をした様子もなく、ただ単に驚いていただけらしい。私の謝罪に「いえ」と一言返してそのまま行ってしまう。
私がぼけっとしていたせいで申し訳ないな、と思いながらその後ろ姿を軽く目で追っていると、急に早足になった女の子。
「……土屋さん!」
彼女が駆け寄った先の人物を見て、私はこれでもかと目を丸める。また、見たくもない光景を見つけてしまった。この間の飲み会といい、こんな偶然が続くものなのかと驚きを隠せない。
「土屋さん」と淳くんの名を呼んだ女の子は、そういえば飲み会の時に彼の隣にいた子じゃないかと気が付いた。
「……まさか彼女やない、よなぁ」
自分で口にしといて、彼女かもしれないという事実に容赦なくとどめを刺された気がした。心臓が止まるんじゃないかというほど驚いたけれど、そんなことは無くてむしろ、どくん、どくん、と大きな心音が耳元で聞こえている。
心のどこかで思ってた。時間が経てば、また淳くんと笑い会えるって。恋人に戻ることは出来なくても、友だちとしてでも、うまくやれるんじゃないかって。このまま振られただけの記憶で終わったりなんか、しないって。
(もう……あかんわ)
向かい合う二人と私の間には、ものすごく距離があるように感じた。実際そこは他の買い物客で溢れていて、背の高い淳くんも一瞬で見失った。
(……彼女やとしたら、あんまりや)
私だってお見合い用の服を買いに来てたくせに。自分のことばかりを棚に上げて、苛々と湧き上がる怒りをどうしようかと踵を返した。
あれだけ寂しい、辛い、と嘆いていた気持ちが、いまは不思議なほど頭の中から消え去っていた。