茨の婚約指輪 | ナノ
理想と現実の不一致
( 6/11 )


日が経つごとに喪失感がつのって、溜息を吐くことが増えた。淳くんが他の女の子といるところを見てから、前よりも彼の事を考える時間が増えてしまった。

すっぱり諦めるどころか、こんなにも淳くんのことを気にして一体どうしたいのか私にも分からない。分かったところで彼にプロポーズを受け入れてもらえる訳じゃないし、悩んでいても時間の無駄だというのに。




せっかくの週末をひとり家の中でぼうっと過ごすのは、やはり勿体無いかもしれない。じっとしているから色んなことをぐるぐると考えてしまうんだ。


(……買い物でも行こかな……冷蔵庫、カラやし)


最低限の家事を済ませて出掛ける準備をしている時だった。

鏡の中を覗きながら口紅を塗ったところで、家の電話が鳴り響く。すぐに受話器を取って耳に当てると、その向こうからは相変わらず元気そうな母の声が聞こえた。


「えっと……今日はどしたん?」


電話をかけてきたおおよその理由が分かっているだけに、すでに切りたいという気持ちでいっぱいになっていた。けれど、とりあえずは控えめに用件を聞いておく。


『前に言ってた、例の彼とはどうなんやろうと思ってなぁ』


ああやっぱり、そう来たかと内心で溜息を吐き出した。


「……、えっと……」
『なんや歯切れ悪いけど、もしかして……うまくいってへんの?』
『……そういうわけでは』


まさかプロポーズに失敗したなんて言えなくて言葉を濁す。いつになったら家に連れて来るのかと聞いてきた母には、いつものように笑って誤魔化した。

「親に会わせられへんような人やの?」と一瞬疑うような声音をされたので慌てて否定をするものの、すでに別れているのに何を必死になっているんだと自分で自分に呆れた。


(……ほんま、何やってるんやろ)


『名前、今度の日曜、家帰っておいで』
「なんで?」
『実はなぁ、あんたと会ってみたいっていう子がおるんよ』
「え……まさかお見合いやないよね?」


予想もしなかった母の言葉に一瞬、頭が真っ白になった。堅苦しく考えなくていいからとりあえず会ってみてほしい、と電話口で念押ししてくるので、どう返したものかと黙りこむ。

私の気持ちが、まだ淳くんに向いているのは自分でも分かってる。だからこそ他の人のことなんて考えられないしましてやお見合いなんて、そんなものしたところで適当に挨拶だけして終わるのは目に見えてるのに。

私が返事しないのをいい事に、母は明るい声でもう一度「日曜日、絶対やで」と言った。結局、そのしつこさに折れた私。


「分かった……会うだけ、やんな」
『案外うまくいったら結婚なんてこともあるかもしれへんやろ?』
「……それはないと思うけど」
『ま、お父さんは乗り気やないみたいやけどね!あははは』


今まで何を言われても首を縦にしなかった私がようやく頷いたのがよっぽど嬉しかったらしい。母のその楽しげな笑い声を聞いていると、頑なに突っぱねていたのがなんだかアホらしく思えてきた。投げやりになったのかもしれない。

こんな時にまで淳くんの顔が浮かんでくるけれど、一緒に女の子の姿まで思い出してしまい、すぐに頭を振った。胸の中がドロドロとしたもので覆われてしまう。


(あの光景を忘れられるなら……さっさと忘れてしまいたいのに、なぁ)


「ほしたら……日曜に」
『ちゃんと来るんよ』
「……うん、じゃあね」


ガチャ、と受話器を置いて、へたりこむように長く息を吐いた。


(……淳くん。私、お見合いに行かなあかんくなった)


壁に背を預けて、床に腰を落とす。立てた膝の頭に顔を埋めて自分の肩を抱いた。


「……ハァ、」


母との電話で一気に疲れてしまった。出掛けるために着替えて化粧までしたけれど。今さら外に行く元気なんてまるで残っていなくて、でもそれも仕方が無いかと自分を納得させる。


「お見合いって……何着て行けばええんやろ」


プロポーズしたあの夜からずっと伏せられたままの写真立てを眺める。淳くんと二人で撮った写真。そこに写る自分の顔がどんなだったか、もうハッキリとは思い出せなかった。


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