茨の婚約指輪 | ナノ
笑えない冗談をひとつ
( 5/11 )


振られて以来、食欲が無くなってしまった私を先輩や友人たちが心配してご飯に誘ってくれることが増えた。特に先輩はしょっちゅうご飯をご馳走してくれたり、気晴らしにと買い物に連れ出してくれた。

感謝する私に「何年の付き合いやと思ってんの」と笑いながら背を叩いてきて、その大きな優しさにまたほろりと涙が出てきた。


「それより名前、ちょっと痩せすぎなんちゃう?」
「たしかに……最近体が軽くなった気が……」
「全然食べへんからなぁ」


自分のお腹周りをさすりながら、かなりすっきりしているのを再確認する。もともと標準より痩せ型だったからこれは不健康かもしれない。けれど食べられないものは仕方がないしと私が頭を悩ませていると、何故か楽しげに口角を上げた先輩が私を見た。


「いっぱい人がおったら気も紛れるし、楽しいと思うねん。少しは食べようと思えるかも」
「……?」
「飲み会しよか。会社のメンバー誘って」
「……、飲み会……」
「明日は急やから、明後日やね。夜、空けときや?」


私の都合を気にすることなくサクサクと予定を決めて「ほんならさっそく声掛けてくるわ」とウインクしてきた先輩に苦笑してから、その後ろ姿を見送る。先輩のことだからきっとかなりの人数を集めるはずだ。相変わらずの強引さだけれど、先輩のそういうところに私はいつも救われていた。

久し振りに大勢で飲むのもいいかもしれないと、明後日が少し楽しみになった。




(ここ、たしか淳くんの……)


先輩が選んだお店は、淳くんが勤める会社から割と近いところにあった。まさかタイミング悪く出会ったりしないだろうかと不安になってキョロキョロと辺りを見回す。


「名字、お前ここ座りや」
「え?あ……ありがと」
「……誰か探しとるんか?」
「……ううん」


私の不審な行動に、隣に座るように言ってくれた同期の男が首を傾げていた。

いち早く出世して今や営業で大活躍している彼の隣に座りたい女子は多いのに、私が腰を下ろして良いものかと悩むけれど、まあ本人が呼んでくれたんだからいいかと素直に従った。昔から仲が良い彼と、そういえば久しぶりに話す気がする。


「なんや最近、落ち込んどるみたいやけど」


しばらく他愛ない会話をしていると、ふいにそんなことを聞かれた。先輩以外の人にも分かってしまうほど顔に出ているのかと焦って頬を両手で覆う。じっと見つめてくる同期にヘラヘラと笑い返すと、もっと疑いの目を向けられた。


「男にでも振られたんか?……なんてな、」


お互いにお酒が進んでいるのもあって、彼も遠慮は無かった。

別に大したことを聞かれたわけじゃないのに、近頃は涙腺がすっかり緩んでいて、否定も肯定も出来ずに俯いてしまう。


「……え?ホンマに?」


流石に私の様子で悟ったのか、涙目になった私の肩をぽんぽんと叩いて必死に慰めようとしてくれる。先輩以外の人の前で泣いてしまったのはこれが初めて。ここが座敷の端っこで良かったと、私を周りから隠すように盾になってくれる同期に少し感謝した。


「あー、ほら……今日は奢ったるし。元気だせ?」


優しさが身に沁みて嬉しくて、そんな気持ちを悟られないようにグラスに手を伸ばした。私のことを心配しながら、私が求めるままにお酒を用意してくれる同期が何故かかっこよく見える。

あれ、そういやどうしてこの男はここまで私に付き合ってくれるんだろうと不思議に思った。


「……ねえ、他の子に構ってきてええよ?」
「なんでやねん」
「私とばっかり飲んだかって楽しくないやん」


「せっかくの飲み会やし」と同期の背を叩くと、目を細めて返された。もう酔ったのかと言われて、そういやかなりクラクラ来てるかもしれないと気が付く。


「私なんか……もう30やしさぁ」


だから、ついつい愚痴じみたことばかりが口を出てしまうんだ。


「いまそれ関係あるか?」
「振られたし……どうせ結婚も出来へんし……ぐすっ」


せっかく治まっていた涙がまたじわりと浮かんでくる。情緒不安定なところにお酒が加わって、自分でも面倒くさい女になっている自覚はあった。


「結婚なぁ……ほんなら、俺にしとくか?」
「しない!」
「……ちっ」


苦笑いしながら提案されたそれには、すかさず反対を唱えて立ち上がった。冗談かどうかぐらいは今の私でも分かる。彼の舌打ちににっこりと微笑んで、お手洗いに向かった。




涙で崩れた化粧を直して外に出ると、店の廊下で先輩が私を待ちかまえていた。「無理してへん?」と聞いてくれる先輩を安心させるために大きく頷いた。


「同期くんが心配しとったで。なんやええ感じやん」
「そんなんちゃいますよぉ」
「アリやと思うけどな」
「……むしろ先輩は?中身も保証しますけど?」
「年下は対象外やわ」
「あはは、そうでし……た……ね」


先輩と笑いながら何気なく見た通路の一角に、いま一番会いたくなかった姿を見つけて体の動きが止まる。先輩は、足を止めた私に気付かず先に座敷に戻ってしまった。

私の視線の先にいるのは、すらっと背が高くて、色素の薄い髪で、いつも涼しげな目元をしている男の子。


(……淳くんが、おる)


会いたくなんて無かった。けれど本当は、望んでやまない存在。毎晩その温もりを求めて夢に見てしまうというのに。


「……っ、……!」


淳くんしか捉えてなかった私の目は、すぐ隣の女の子へと向けられた。小さくて、可愛くて、ほんのり頬を染めて淳くんの隣にいる女の子。


(なんで、そんな、くっついてるん……)


息苦しくなって、それ以上二人の姿を見ていられなくて。なんとか足を動かした私はそこから逃げ出すように背を向けた。


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