茨の婚約指輪 | ナノ
手から滑り落ちた温もり
( 4/11 )


淳くんと付き合っていた4年間は本当に楽しかった。私より年下なのにいつも落ち着いて大人びていて、でもお酒を飲むと年相応で可愛かったりして。彼と出会ってからのそういう思い出がいくつも浮かんでは消えていく。

プロポーズなんてしないほうがよかった?関係が変わることを望まなければ、ずっと一緒にいられた?


「……、つらい……なぁ」


先週だって、このベッドで一緒にくっ付いて眠ったのに。暖かい腕の中で幸せだったのに。

結婚なんて、焦らなければよかった。
時計の針が進むごとに後悔やら寂しさが襲ってくる。一人で横になる布団はいつまでも冷たいままで、体温も眠気も奪われていく気がした。


(……淳くん、困ってた)


私のプロポーズで酔いくらいは覚めていただろうか。驚いたかな。

この先、淳くんが私じゃない誰かと付き合って、彼の方からプロポーズする姿なんかを勝手に想像すると、頭の中がぐるぐるとしていつまでも涙がこぼれた。夜通し泣きすぎて瞼はヒリヒリと痛いし、喉がカサついて声は掠れてしまった。



ピピピ、ピピピ


いつまでたっても眠れない。そのうち毎日同じ時間に設定してある目覚ましが鳴り出した。部屋には光が差し、いつの間にか朝になっていた。

今日もこれから仕事だと思うと憂鬱以外のなにものでもなかったけれど、いまの私には仕事しかないのだと自分に言い聞かせて、冷たいままのベッドから体を起こした。





「名前、ちょっと」
「……うわっ!?」


職場ではなるべくいつも通りを装っていた。けれど、空元気な私の様子に気付いていた先輩が、有無を言わせず私をトイレに連れ込んだ。

入社して以来ずっとお世話になっている先輩とは、同じ独身仲間ということもあって特に仲が良かった。そんな姉のような友人のような先輩だからこそ、私の異変を見抜いたのかもしれない。


「……よくない結果やったん?」
「……っ、……はい……」


眉を寄せて、つん、と私のおでこを突いた先輩は、私が淳くんにプロポーズをしようとしてたことを唯一知っている人物だった。


「昨日、プロポーズした、ら……見事にフラれ、ましたぁ……」


俯き加減でぼそぼそ話す私をぎゅっと抱きしめてくれた先輩。

「頑張ったなぁ」と涙声で励ましてくれるその体温に、また涙腺が緩んできた。ぐす、と鼻をすすりながら先輩に両手を巻きつける。


(ああ……ホンマに駄目やったんや)


頭を優しく撫でながら「今日は飲むで」と笑ってくれる先輩に心底感謝しながら「……連れてってくだしゃい」とぐちゃぐちゃの顔で頷いた。




「もぉ……飲めませんんん……」
「酔うのはっや!まだまだ帰さへんよ!?」
「せ、先輩が飲みたいだけ、ですよねぇ」


仕事を終えて何軒か飲み歩いた後、逃さないとでも言うように先輩の家に引っ張られ、途中のお店で買ったお酒を目の前に並べられる。


(先輩が酒くせ悪いのん、忘れとった……)


「黙って飲んどき!ほんで年下彼氏なんかスッキリ忘れて次の男探すで……うちらに相応しいイイ男をな!」


すでに起きているのもギリギリなほど酔いが回っていた私は、先輩の声を遠くに聞きながらパタリとその場に寝落ちした。

顔には出ていなくてもかなり酔ってる先輩が私を眠らせまいと揺らすけれど、私は昨日から一睡もしていないのだ。なんならプロポーズに緊張してその前の日もあまり寝ていない。体はもう限界だった。


(それ以上、揺らしたら、吐く…)


お願いやから寝させてください、と目を閉じながら心の中で先輩に謝った。



お酒の匂いに満ちた部屋で、深い眠りにつく。

淳くんに結婚を断られたら潔く身を引くつもりだったのに。この調子じゃあ、まだまだ引きずってしまいそうだ。


『……名前、飲みすぎたん?大丈夫?』
「あ、つし……くん……」


夢の中、私を心配する淳くんの声が聞こえた気がした。夢で会うくらいはいいかなと、優しくしてくれる彼に思いっきり甘えた。


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