星座占いは悪い時ほど当たる
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レストランを出て夜風を浴びながら並んで歩く街中は喧騒で溢れている筈なのに、私の耳はそれらの音をほとんど意識せず、隣にいる淳くんの一挙手一投足ばかりを気にしていた。
淳くんはあのお店のワインが気に入っていつもよりたくさん飲んでいたから、少し頬を染めて機嫌良さそうにしている。「たまにはこういうのもええなぁ」と鼻歌でも歌いだしそうな彼を横目に、プロポーズのタイミングを見計らっていた私は一人ドキドキと胸を高鳴らせていた。
(あ……この先は、たしか……)
駅に行くまでに通る公園には、小さな街灯に照らされた噴水があるはずだった。そこで想いを伝えてしまおう。バッグの中に入れたままの、深い緑色の指輪ケース。その存在をこっそりと確認して、深呼吸をした。
「淳、くん……」
人気が疎らなのを確認してから、噴水の音を背に、淳くんの手をぎゅっと握る。足を止めた彼はすぐに私を振り返り、名前を呼んだ。
「……名前?」
俯く私の様子が変だと思ったのか、少し不安げな表情で私を覗き見た淳くん。頬に伸びてきた彼の手をやんわりと避けて、自分から握った手もそっと離す。
そうして覚悟を決めた私は、バッグから小さな箱を取り出した。
「淳くん……私と、結婚、してくれませんか」
ぱか、とケースを開けて、中にあるシンプルな指輪が見えるように両手で突き出した。声も手も震えてしまい、まったく格好がついてないけれど、これが私の精一杯だった。
怖くて逃げ出したい気持ちをなんとか抑え、黙っている淳くんの返事を待つ。5つも年上の女から急にプロポーズされて、引かれてしまっただろうか。
(……顔、上げられへん……)
ゴクリと唾を飲む音が聞こえて、淳くんが身じろぐ気配がした。
「あ……えっ、と……」
そろそろと視線を持ち上げると、彼は眉間にグッとしわを作って、何か言おうとしては口を閉じるというのを繰り返していた。私が言うのもなんだけれど、とても落ち着いてるようには見えない。
そしてそれが、私の告白に対して良い反応であるとは、とても思えなかった。じわ、と目尻に涙が溜まる。こんな風に困った顔をした淳くんは、初めて見た。
「……ごめん、名前。それはちょっと……」
待って欲しい。
それが聞こえるか聞こえないかくらいで、指輪を持っていた腕をゆっくりとおろした。勇気を出した告白が実ることは無かった。
手の中のケースを握る手が、街灯の下で青白く見えた。きっと私の顔も同じような色をしてる。
「……っ、」
鈍器で殴られたような衝撃が私を襲う。鼻がツンとして、ここに立っているのもやっとだ。
「今まで……ありがとう」
待って欲しいという返事は少し曖昧に聞こえたけれど、それに縋るようなことはしたくないと思った。まだ若い彼を縛ってしまうのが嫌だった。
だから最後に、強がって笑顔を作ってみせた。
「え、名前……」
「……バイバイ」
驚いた様子で立ち塞がる淳くんの横を通りすぎ、ほとんど駆け足になって公園から離れる。
涙が滲んで淳くんの顔なんて見れなかった。笑ってさよならを言ったつもりだけど、上手く出来ていただろうか。
(……追いかけてくれへん、よなぁ)
一度だけ後ろを振り向いてみたけれど、誰かが追ってくる姿も、その気配もなかった。
道路に出て、すぐにタクシーを捕まえる。涙でぐちゃぐちゃになった私の顔を見て気を利かせてくれたのか、運転手さんは行き先以外は何も聞かず何も言わずに速やかに自宅前まで車を走らせてくれた。
家に着いて何時間が経っても、淳くんが来ることは無い。振られてしまったのだから当然といえばそれまでだけど。
「これだけでも……渡せば、良かった」
ベッドの上に転がった緑の箱。それを地べたに座ってベッドに寄りかかりながら眺める。そして、泣き腫らした目でぐるりと部屋の中を見まわした。この部屋には、淳くんとの思い出が多すぎる。彼の服とか歯ブラシとか、お揃いのマグカップも。
「……引っ越そかな」
でもすぐには無理やなぁ、と投げやりに呟く。その時ふと、足元にあった雑誌が目に入り手に取った。
何気なくページをめくり、星座占いのページに視線を落とした。運勢が悪かったら嫌だからと、いつもは見ることが無かったけれど。
(ああ、なるほど、やっぱそうやんな……)
これを見ていたらプロポーズなんてしなかったかもしれないのに。私の星座の欄には、大きく12位と書かれていた。