暗がりに霞む告白
( 2/11 )
「予約までして……よっぽど来たかってんな」
運ばれてきた料理を眺めながら微笑んだ淳くんに、私も笑って頷く。まさかプロポーズするつもりで予約したんだとは言えない。
(……緊張でサラダの味が分からへん)
「あ、ワイン美味い」
「ほんま?良かった」
予約したレストランはそれほど背伸びしすぎないオシャレなイタリアンで、私は味を楽しむ余裕が無いけれど、とりあえず淳くんが気に入ってくれたみたいでホッとした。
でも、問題はここからどう切り出すか、だ。
「名前……なんか隠してへん?」
「……えっ!?」
「なんやずっとそわそわしとるし」
「そ、そんなことないよぉ……」
あははは、と誤魔化すようにワインを仰ぐ。
「飲みすぎんときや」と忠告する淳くんの言葉はちょっと聞こえないフリをした。どうせ今日だけはどれだけ飲んでも酔えない。そんな気がしてならなかった。
「…………」
「…………」
お互いの食器がたてる音だけが聞こえてくる。いつもは気にならない二人の間の沈黙が、今はなぜか息苦しかった。なにか話題をだして、そしてどうにか告白に繋げたいのに。そう思って、口を開いた時だった。
「あ、あんな、淳く、……」
フッ……
突然店内が真っ暗になり、近くできゃあ、と小さな悲鳴が響いた。
「、え?」
辺りでざわざわと囁きが聞こえる中、落ち着いて周りを見渡すと、遠くにあるテーブルにロウソクのついたケーキが運ばれていた。店内にはバースデーソングが流れ、次第に周囲からは温かい拍手が送られた。彼氏から彼女への誕生日サプライズだった事にようやく気が付いた。
(何も今日やなくても……!)
つつ、と冷や汗が背中を伝った。私だって一世一代のプロポーズをするつもりなのに、先にサプライズなんてされたら立つ瀬が無いというものだ。
「お、大掛かりなサプライズやね?」
テーブルにある小さなロウソクの灯りを頼りに一口水を飲んでから、やっと口を開いた。普段からああいうのが苦手だと公言してる淳くんは、マイペースに食事を続けていて、どこか冷めたように遠くのカップルへ一瞥をくれた。
「サプライズはええけどな。他の客まで巻き込むんはどうかと思うわ」
「淳くん、そういうの苦手やもんね」
「実際こう暗いと料理の手も止まるし……普通に恥ずかしいやん。名前もあんま好きちゃうかったやろ?」
「……うん、まあ」
実際にはされた事が無いというだけで、嫌だとは思っていないけれど。今それを言っても仕方がないので取り敢えず頷いた。でもまあ恥ずかしいという気持ちが分からなくもないし、関係ない人たちに迷惑になるのは確かにいただけないかもしれない。
「……ほんで?」
「え?」
「さっきなんか言おうとしてへんかった?」
「あ……、えっと」
こんな状況で言っても淳くんは引かないだろうか。でも、じゃあいつプロポーズするん?と自問自答する。せっかく淳くんが話を聞こうとしてくれてるんだから。神社にお参りもしに行ったし、大丈夫や名前!と拳を握り締めた。
「淳、くん。その……私と……」
「ん?」
「私、と……」
一度忘れていた緊張がまた戻ってきて、心臓がバクバクと音を立てている。耳元で激しく叩かれるドラムのように煩いそれが、私の鼓膜を圧迫していた。
私と、結婚してくれませんか。
たったそれだけの言葉が上手く言えなくて、テーブルの下にある足はガクガク震えていた。本当、年上なのに情けない。もっとさらっと言ってしまいたいのに。
「……ずいぶん言い辛そうやけど、なんや大事な事?」
言い淀む私に淳くんが首を傾げながらそう言った。食べる手も止めて真っ直ぐに私の方を見つめている。私が緊張で赤くした顔に気付いて「もしかして体調悪いの我慢しとる?」と心配までしてくれている。ああもう、どうして言えないんだろう。喉まで出かかった言葉が、ギリギリのところで押しとどまっている。
「あ、あの……」
「ん」
「……ちょっと、お手洗いに」
「なんや、そんなん遠慮せんと早よ行っておいでや」
「うん、ごめんね」
結局、怖じ気付いた私はトイレに行くと言って席を立ち、その場を濁しただけだった。洗面台の鏡に映る自分が不甲斐なくてかっこ悪くて、熱くなった目頭をぎゅう、と指で押さえる。
「帰り道、言おう」
今度こそ勇気を出して、言ってしまおう。そう意気込んで鏡の中の自分に頷いた。