茨の婚約指輪 | ナノ
ふわり柔らかな最果て
( 10/11 )


すれ違っていたこの一ヶ月を埋めるように何度も何度も淳くんに求められて、素直に嬉しかった。最後の方は気が遠くなって覚えていないし、身体はくたくただったけれど、淳くんの腕に包まれて眠るのがとても暖かくて心の底から幸せだと思えた。

数時間前までは悲しんだり怒ったりしていたくせに、淳くんがそばにいてくれるだけで、本当に満たされる。


「……ふふ」


まだ陽が出たばかりの朝、向かい合って眠る淳くんの頬にそっと左手を伸ばして添える。彼は少しくすぐったそうに口元を緩めて、また寝息をたてた。

その様子をとても穏やかな気持ちで眺めながら、ふと目に留まったのは自分の薬指で光る婚約指輪だった。きっと私が寝ている間に淳くんが嵌めてくれたんだ。

朝日に反射して輝くダイヤが恐ろしいくらいに綺麗で、少しだけ怖くもあった。


(…………ピッタリ、やなぁ……)


きつくもゆるくもなく、そこに嵌められるためにつくられた指輪を顔の前にかざして見惚れていると隣で「んん、」と小さく声を出し、それからゆっくりと目を開けた淳くん。目が合ってそのまま二人して見つめあっていると、彼はゆっくりと上体を起こした。私も手を引かれて同じように起き上がる。

ベッドの上で向かい合い私の左手を掴んだ淳くんは、それを満足そうに見ていた。なんだか照れくさくて、同じように手元へ視線を向けていると、彼の左手にもきらりと光るものを見つけた。


「そ、れ……」
「名前が僕にくれるはずやった、やつ。貰ってええ?」
「……うん、ありがとう」


淳くんは私が送るはずだった指輪を指でなぞって、何故かクスクスと笑っていた。それに首を傾げた私。


「昨日な、名前が寝たあと……荷物まとめられてんの見てもっかい泣いてん」


そう言って向けられた視線を辿れば、確かに私自身が段ボールに詰め込んだ淳くんの荷物たち。それはきっちりとテープで蓋をされたままで。彼は、その上に置いていた指輪を見つけたんだ。

自分がやったことなのに申し訳なくて、居た堪れない気持ちになった。


「あっ……あれは、その」
「ここに来たとき名前が泣いとったんは、これのせいか、とか思ったら余計に」


そう言って私より申し訳なさそうな顔をした淳くん。その首に腕をまわして、自分から彼の胸に抱きついた。身長差でどうしても膝立ちになるからかなり淳くんに体重がかかってしまうけれど、それでも彼はビクともせずに私を受け入れてくれた。


「そんなん帳消しなくらい……今は幸せなんよ」
「僕もや」


お互いに抱きしめ合う力が強くなった。


「……名前の指輪のサイズな、ちゃんと測ってへんかったから心配やってんけど……合ってたみたいで良かったわ」


安心したように笑う淳くんの声がとても心地いい。「なんで分かったん?」と彼の耳もとで聞くと、くすぐったかったのか少し身をよじってそれからぼそりと呟いた。


「……愛と、気合い」


(そんな冗談言う子やったっけ……)






冷蔵庫の余り物で簡単に朝食をすませ私が台所で洗い物をしていると、淳くんが姿見にかかるワンピースを見つけた。


「えらいよそ行きの服やなあ」
「あ……っ!!そういえば……」
「なん?」
「今日……私、お見合いや……」
「……は?」


お見合い?とその意味を理解出来ないで固まってしまった淳くんを置いて、私は慌てて母に電話をかける。うっかり忘れていたけれど、今日は約束の日だった。


『……ほんならその婚約した人、今から連れておいで。先方には連絡しとくから!』


ガチャ、と通話が切られ、ドタキャンを咎めながらも喜びを隠せない声音の母に盛大なため息をひとつ。断るのなら何が何でも結婚相手を連れてこいというこの母の強引さは、昔からまったく変わらない。


「というわけで淳くん……私の実家に来てくれへん、かな?」


未だ茫然として、お見合いにショックを受けている淳くんの肩を控えめに揺らす。


「えっ……実家?今から……!?」
「お父さんも、おるみたいなんやけど」
「お、お義父さっ…!?あの……ちょっと、時間を」
「えへへ。ごめん……待てへん」


心の準備がまだやねんと困り顔の淳くんに、有無を言わさず準備をさせて、二人して電車に乗り込む。


「む、娘さんを僕にください……いや、名前さんは僕が幸せにしますの方がええかな……うーん」


行きの道中ずっと淳くんは私の両親への挨拶を考えていて、その必死さがとても微笑ましく感じられて私はこっそりと笑った。

そんなに緊張しなくても私の母は大歓迎するだろうし、父も頑固な人ではないからきっとすぐに受け入れてくれるはずだ。

落ち着いて、と彼の背に手を添えて優しく撫でてみたけれど、そんなくらいじゃとても緊張は無くならないようだった。



「ただいま」
「おかえり名前……わっ、なに!この方が名前の婚約者さんなん!?」
「こ、こんにちは、土屋と申します」
「ひゃあ、えらい男前やわー」
「……」


玄関を開けた瞬間、母はニコニコ笑顔の上機嫌で私たちを出迎え、お見合いには乗り気でなかったという父は、まさか私が見合いを通り越して婚約者を連れてくることを母から聞いていなかったようで、急なことに驚き顔を真っ赤にしていた。

早速居間へ通され、向かい合った私たち。
突然の「両親にご挨拶」イベントに土屋くんはいつもの冷静さはどこへやら、だらだらと冷や汗をかいていた。


「ほんまシュッとしてて、背も高いわぁ……名前には勿体無いなぁ」
「……君はまだ、若いんじゃないか?」


結婚を約束したことを改めて両親に報告すると、予想通りの反応が返ってきた。


「名前さんに釣り合うようにいつも必死で背伸びしてますし、確かにまだまだ若輩ですけど……僕には彼女だけやと思てます。一緒に幸せになりたいと、そう思てます」


(……淳、くん)


若干片言な淳くんだったけれどその真摯さはしっかりと父に伝わったようで、母と視線を合わせて頷いた後、父は真っ直ぐに淳くんを見つめてそれから深々と頭を下げた。


「名前をよろしく頼みます」
「はい!」


普段は無口であまり表情の変わらない父が、穏やかな笑みを浮かべているのを見て、私は思わずホロリと涙を流してしまった。


fin.
17/09/02〜17/10/03



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