45
「ただいま」
「あ、健司くん、おかえり」
家に帰ると当たり前のように迎えてくれる存在に、どうしたってにやけてしまう。それが名前だというのがこの上なく嬉しい。本当に俺の奥さんになったんだよなぁ……と改めて実感しながら、ひとまずはネクタイを緩める。
玄関を開けた時からすでに食欲をそそるいい匂いが漂っていた。名前も仕事をしているというのに、こんなに準備してくれてまったく頭が上がらないという話だ。「いつもありがとう」と思ったことをそのまま言うと、「私がやりたいからやってるんだよ」と曇りのない笑みで返された。この顔を見てしまうと俺はもう他のことなんてどうでも良くなるし、彼女のためなら何でもしてあげたくなる。まさに惚れた弱みというやつだった。
(ん……?よく見たらなんか今日は豪華じゃねえ?記念日とかじゃない筈、だし……)
まだ配膳途中の料理をちらりと眺めて、いつもと違う様子に首を傾げる。何かいいことでもあったのか?と気になって聞いてみても曖昧にはぐらかされ、それより先にお風呂が沸いてるから、と背中を押された。しぶしぶ彼女の言う通りに脱衣所へ向かい、サッパリしたところでようやくテーブルに着いた。
「……そういや、体調は大丈夫か?病院行けた?」
名前の元気そうな姿に、まず最初に聞かなきゃいけないことを忘れていた。俺としたことが。近ごろは名前の体調が優れず、時々辛そうにしていたからずっと心配だったんだ。本人は「季節の変わり目だから」ぐらいにしか思っていなかったようだけど。
「うん。今日ね、病院……行ってきたの」
「そっか……それで医者にはなんて?やっぱ風邪?」
「…………あのね、健司くん」
俺の質問にたっぷりと間をおいて口を開いた名前。その真面目な表情と、視界に入る料理たちとのアンバランスさに一瞬戸惑う。
まさか病気とかじゃないよな、と身構えた俺の目の前で、名前は花が咲くようにそれは綺麗に微笑んだ。
「家族が……増えるかもしれません」
「……え?」
その嬉しそうな声を耳にした瞬間、持っていた箸が床に転がった。そうして一拍を置いて、向かいに座っていた名前に駆け寄りそのままぎゅうっと腕の中へ閉じ込めた。