初恋大炎上 | ナノ
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ここ数日は何をしていてもそわそわと落ち着かず、会社の同僚にも心配事があるのかと声をかけられることが多かった。それらにやんわりと笑みを返し、早々に仕事を片付けて名前との待ち合わせ場所へ向かった俺は、約束の時間より早く着くことが出来た。


「ごめんね、待たせちゃって」
「気にするな」


お互いの仕事帰りに待ち合わせすることはよくあった。だけど今日はまた特別。

名前の誕生日を祝うために予約したレストランは、控えめな照明に上品なピアノの生演奏、さらに夜景が綺麗に見えるいかにも≠ネ雰囲気の場所だ。その雰囲気に俺も内心でドキドキと鼓動を早めていたけど、意地でも顔には出さなかった。今ならそこら辺の役者にだって負けない気がした。


「なんか、緊張しちゃうね。こんな高そうなレストラン……本当にいいのかな」
「いいも何も、俺が予約したんだから。名前は気にしなくていいよ」
「誕生日だからって贅沢だな……うわあ、美味しそう」
「……まあ、誕生日だけじゃないから」


さっそく運ばれてきた前菜を前に目を輝かせている名前には、俺の声は聞こえていなかったらしい。その嬉しそうな表情を見て満足げに口元を緩めた俺は、ワインが注がれたグラスを手に取り軽く持ち上げた。





「……名前」


コース料理を順に楽しみ、デザートの最後の一口を頬張っていた彼女の名を呼んだ。

うん?と首を傾げ俺を見る名前は、高校の時よりもずっと大人っぽく、間違いなく綺麗になっていた。彼女をそうさせた理由のひとつが自分だという自意識過剰な思いもある。それほど俺は名前のことを好いていて、この先もこの気持ちが変わることは無いと確信してる。

昔、名前のことが好きだと気付いた時、名前には好きな男がいた。その男が自分の仲間だと知っていても、俺は自分の想いを無くすことは出来なかった。そして彼女は、俺を選んでくれた。

いまもう一度、今度はもっと大きな俺の想いを、彼女に受け入れて貰いたい。


「……健司、くん……これ」


コト、とテーブルに置いた指輪ケース。中の指輪が見えるように、するりと名前の前に滑らせた。目を見開き、驚きで固まってしまった彼女を真っ直ぐに見つめる。



「結婚しよう」


名前にだけ聞こえる声で、ただ一言。途端に溢れ出した彼女の涙が店内の淡い照明に反射してキラキラと光った。


(……本当に、綺麗だ)


ハンカチで目元を隠してしまった恋人に苦笑していると、蚊の鳴くような声で「……はい」と返事が聞こえてきた。照れ屋な名前らしい返事にようやく肩の力を抜く。

そういや、いつの間にか周りが静かだったなと視線をやると、なんとも暖かな祝福の拍手がそこらじゅうから送られた。ピアノの演奏も変わり、タイトルは知らないがこれは確か祝いの曲だったように思う。俺が頼んだ訳では無かったけど、店側の粋な計らいに感謝しつつ、いまだくしゃくしゃの顔で号泣している名前の方へ向き直った。


「もう少し嬉しそうに泣いてくれよ」
「うっ……不細工な泣き顔で、悪かった、ですね……っ!全力の嬉し涙です!」
「最高だよ」



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