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「え、……留、学?」
こくり。腕の中で小さく頷いた名前は、真っ赤になった目で恐る恐るこちらを見上げた。
「留学……」
「……ずっと……憧れてたの」
「そ、っか……俺はてっきり……」
ハァー、と深い溜息を吐き出す。
なんだそんなことか、と笑えるほどの余裕は無い。けど、名前が目の前で泣いて、考え得る最悪の展開を予想してしまっていただけに、少し拍子抜けという気持ちも無いことはなかった。
(よかった……別れ話じゃ、ないんだよな……)
こんな暗い顔して話があるなんて言われたら、誰だって悪い方に考える。体から一気に力が抜けたのを内心感じながら、子供みたいに瞳を濡らす名前の目元を指で拭った。
「どのくらい?」
「……一年、くらい」
「それでずっと悩んで、俺と会ってくれなかったんだ」
「……う、ん」
申し訳なさそうに、顔を俯かせた名前。確かに一年は長い。一年も彼女と会えないなんて、絶対に辛い。けど、彼女が自分で決めたことだ。彼女の選択に俺が口を出せる筈がない。
「健司くん……」
「なんでお前が不安そうにしてんの」
今本当に泣きたいのは俺の方だ、とは言わねーけど。ああ、なんか、自分が女々しくて嫌になる。でもしょうがないだろ?名前に会えなくなるんだぜ。口にはしなくても、俺だって不安なんだ。残される方もさ。
「だって、私がいなくなったら、すぐに他の子が健司くんの隣に……」
なのに。名前がこんな可愛いことを言うから。
「待ってるから。べつに一年くらい……どうってことな、っ!」
俺の中の不安や心配は、彼女が急に胸に飛び込んできたことで弾け飛んだ。頭を押しつけるようにして抱きつく名前を前に、一瞬体が固まった。
「すき……」
「……………」
照れ屋の彼女からこんな風に積極的に気持ちを聞くことは滅多にないことで。
(……え、?)
ましてや、頬を掴まれて……キス、されてるとか。名前からキスしてくるとか!初めてなんだけど!?なんだこれ!!この可愛すぎるやつ、誰だ……!!
「……大好き、健司くん」
「そりゃ……どうも」
今すぐにでも名前をどうにかしてしまいたいと思う俺は、可笑しいだろうか。いやそんなはずはない。持ちうる限りの理性を総動員させて、彼女を腕に閉じ込めるだけで留めた俺を誰かに褒めて欲しいくらいだ。ここが外だということが心底残念で、内心ため息を吐き出す。
ああもう柔らかいし。本当に、どこもかしこも好きだ。誰彼かまわず自慢してまわりたい。
(……俺、一年も耐えられるか?)