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「なんだよ藤真、今日はやけに静かじゃねえ?」
「……ちょっと考え事」
「どうせ彼女のことなんだろー」
「…………」
そう、この友人の言う通り。どうせ俺の考えてることなんか、そのほとんどが名前の事で。分かってるならほっとけ、と心の中で呟きながら、板書を進める教授の方を見た。
しばらく真面目に授業を聞いてもすぐにまた手が止まる。俺の頭の中は、自分で思っている以上に複雑な悩みを抱えていた。
(もう何週間だ……?)
指折り数えて、大きく溜息を吐き出す。肩を落とすのも仕方がないと思う。俺の記憶が正しければ、かれこれ3週間、名前と会えない日が続いてる。
お互いに学校やバイト、人付き合いもあるから多少のすれ違いは理解しているつもりだ。別に今までだって何日も会わなかったときくらいあるし。けど最近は……ただ会えないんじゃなく、なんとなく避けられているような、そんな気がしてた。怒らせるようなことをした覚えは、正直、無い。避けられる理由が何も思い浮かばなくて、だから余計に辛いものがあった。
そういうわけで。
「……よう」
「……なん、で」
ずっと悩んでるのが嫌になった俺は、気付けば名前のバイト先まで来ていた。店に居座るのもどうかと思い、彼女が仕事を終える時間まで外でじっと待っていた。
「健司くん……」
「会いにきた」
彼女の驚いた顔を、久しぶりに見た。
困った風に眉を下げた名前は、少し視線を泳がせて、それからちょっと話したいと言って近くの公園に俺を連れて行った。
「バイト、お疲れ」
「うん」
「……しばらく忙しかったみたいだけど」
「……うん」
ベンチに並んで腰掛けた俺たちの間には、考えたくもないけどなんだか嫌な空気が流れていて。喧嘩も何もしていないのにどうしてこうなったんだと、また後悔がせり上がってくる。
話したいと言ったもののなかなか口を開こうとはしない名前を覗き見て、俺は目を見開いた。
「おい!なんで、泣くんだよ」
「違うの……これ、は……健司くんは何も悪くなくて……」
目に涙を浮かべた名前の手をぎゅう、と握った。
「俺が、泣かせてるのか?」
俯いて、片手で目元を覆う彼女は、俺の言葉にゆっくりと首を振った。つまり、彼女が泣いているのは俺のせいでは無いということだ。……それについては胸を撫で下ろしたものの、彼女の瞳からこぼれ落ちる涙は止まる気配が無かった。
「会えない間に……何があったんだよ」
そっと肩を抱き、出来るだけ優しく頭を撫でる。名前の口から訳を教えてくれるのをただただ待つしか出来ないことが、とても歯痒かった。