32
何が起こったのかと驚いていた俺は、胸元の制服がぎゅっと掴まれたことで我に返った。名字と二人地面に倒れこんだまま。周りからは色々と騒がれ、中には口笛を鳴らしている奴なんかもいて。見世物じゃねーぞ、とそれらを少し疎ましく思いながら、震える名字の背に手を添えた。
……そういや前にも同じようなことがあった。廊下の角でぶつかって。あのときから……俺は名字のことを意識するようになったんだ。
「……、なの……」
「ん?」
腕の中のくぐもった声に耳を寄せるも、彼女が俺の制服に顔を押し付けているせいでうまく聞き取れなかった。
「名字……顔、あげてくれよ」
俺がそう言うと一瞬肩を揺らした名字。そうして少しの間のあと、ゆっくりとこちらを見上げた。涙で潤んだ上目遣いが小動物のようでかなりの破壊力だ。
(ぐっ……かわいい……)
顔を上げた名字は、誰が見ても照れているのが分かるほどに顔を赤くしていて、あれ、ていうかこの反応はどっちだ?俺は振られたんじゃ?と色んな思いが頭の中をめぐる。こんな顔を見せられたら、俺、期待するぞ。
「あー、……名字?」
「恥ずかしかっただけ、なのっ」
急に声を荒げた名字に、ぽかんと目を丸くする俺。名字は途切れながらも続けた。話しかけられて嬉しかったこと、告白に心底驚いたこと、高野を引きずって告白にはこたえられなかったこと、けどその気持ちが変わっていったこと。
……そして、今は、
(……今は?)
「藤真くんが好き、です」
「…………」
その言葉を、どれだけ待ち望んでいたか。名字が折れた今日までの日々が、なぜか走馬灯のように浮かんでは消えていく。その中のどの名字よりも、いま目の前にいる彼女が愛おしくてたまらなかった。やっと両想いになれたんだ。そう思うと感極まって、俺の体は無意識のうちに動き出していた。彼女の頭を引き寄せ、もう一方の手は腰に回して。「やっちまった」と思ったときにはすでに唇を重ねていた。顔を少しだけ傾けて、押し付けるだけの強引なキス。
名字からの告白に舞い上がっていた俺は、大勢の生徒に囲まれてることなんてすっかり忘れ去っていて。凄まじいほどの歓声や悲鳴。俺たちのいる一角は異様なほど盛り上がっていた。流石にそんな中で平然と口付けていられる訳もなく。触れてたのはほんの僅かな時間。
「……あちゃー」
「うぅ、……恥ずかしすぎて死にそう……」
「ごめん」
お互いに顔を真っ赤にして向かい合う。かつてないほど注目されているこの状況を名字はめちゃくちゃ気にしていて、少し申し訳ない気持ちになった。けどこれだけは言わせて欲しい。先に抱き着いてきたのは名字のほうで、まあだからなんというか、お互い様だ。
晴れて結ばれることになった俺たちの告白劇は、当分の間、翔陽高校を沸かせていたとかいないとか。