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「それで、高野、なんだよ分かるって……」
出来るだけ平静を装いながら高野を見た。
「ああ、俺が階段登ってたら上から名字が落ちてきたんだけどさ……」
「落ちてきた!?」
ここでもう俺のポーカーフェイスは崩れ去り、思わずガタッとその場に立ち上がっていた。目を丸くする俺に両手を出して「落ち着けよ」となだめた高野。続けて「大丈夫だって、俺が受け止めたし」という言葉にひとまず席に座りなおした。
とりあえず名字に怪我は無さそうで良かった。階段から落ちるなんて危なすぎるし。踏み外しでもしたのか?偶然後ろに高野がいたから良かったものの……ん?いや、ちょっと待て、受け止めた?はっとして眉間にシワが寄る。名字を……助けるためとはいえ、抱きとめたのか。
「そんで名字、顔真っ赤にしてさ。そういう反応されると思わねーだろ?なんか俺まで照れたというか」
「…………」
「必死で謝ってくるから気をつけろよって言ったら、持ってたクッキーくれたんだ。これなんだけどよぉ」
「……っ、」
(名字の手作り……だと〜〜!!)
今の今まで気付かなかったが、確かに高野の手にはシンプルに包装されたクッキーがあって。俺の鞄で溢れてるそれと同じ物の筈なのに、俺の目には全く別の特別な物にしか見えなかった。心の中では凄まじい嫉妬が渦巻き、口元がピクピクと上がる。「おれ、なんか癒されちゃったぜ」と嬉しそうな高野を前に、俺は精一杯強がって「そうかよ」と返すだけだった。
「ま、お前は他にいっぱい貰ってるみたいだし?名字のこれは遠慮なく貰っとくぜ〜〜」
そう言って笑みを浮かべると、ゆらゆらと包みを揺らした。
(名字のクッキーを持ってるとか!クソッ、許さん高野……!)
この湧き上がる怒りをまさか当たり散らすことなんて出来ない。たまらず教室を飛び出した俺は、食べ物の恨みと男の嫉妬は怖いんだぜ、とブツブツ文句を言いながら人で賑わう廊下をひとり歩いた。