13
人通りの少ない階段まで名字を連れていき、手を繋いだまま向かい合った。
「ここでいいか」
「え、?」
「ここなら誰にも見られないだろ……俺以外には」
だから泣いても大丈夫だぞという思いを込めて彼女を見つめていると、心底驚いたと言わんばかりの顔をした名字。少しの間固まっていたけど、俺が何も言わずに手をぎゅっと握ると、俯いて肩を震わせた。ぽたぽたと足元に落ちる涙を、静かに眺める。その涙と一緒に高野への想いも流してしまえと心の中だけで呟いた。
「……ありがとう。藤真くんは、やっぱり優しいね」
しばらくして涙がおさまると、そう言って微笑まれた。無理に笑わなくていいのに。また胸が苦しくなった。だからつい、聞くつもりなんてなかったのに高野のどこが好きだったのかと口にしてしまった。
「もしかして……前から、知ってた?」
「……なんとなくだけど」
まさかいつかの放課後に盗み聞きして知ってしまったなんて本人に言える訳もなく。そこは曖昧に返した。
「……なんか、恥ずかしいね。私って分かりやすいのかな」
「安心しろ。あいつに言ったりしないから」
「お願いします」
元気を出せと言うかわりに、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でる。名字も結局、俺の質問には答えないまま、握られた手を離すでもなくここから動こうとするでもなく。ただしばらくは、俺の前で物思いに更けるような顔をしていた。
不思議なことに、その横顔がどうにも綺麗に見える。気のせいかとパチパチ瞬きをしてもう一度見たけど、今度は可愛くすら見えた。
(名字って……こんなに可愛かったっけ?)
急に鼓動が早くなってきた。しばらくして落ち着いたのか、ハッと我にかえった名字は遠慮がちに繋いでいた手を離した。俺と目が合うと少し気まずそうに笑いながら頬を赤く染める。それにつられて俺も顔に熱を感じた。離れた手が惜しい。どうしてそう思うのか、考えられる答えはひとつだった。
(……、まじかよ……)
無自覚だったけど、おどろくべきことに、どうやら、いつの間にか、俺は名字に惚れていたらしい。今度こそはっきりとそう自覚した。