09
今日は驚くことがあった。
「手伝わせちゃってごめんね」
「別に、気にすんな」
なんと初めて名字と会話をしたのだ。今まであれだけ観察……というか一方的に見ていたのに、面と向き合って声を聞くのが初めてなんて。
そもそもなんでこうなったのかというと、これもただの偶然だった。俺が廊下で歩いてたらノートを両手いっぱいに持った女子が前から歩いてきて、よく見るとそれが名字で。ふらつく足取りにおいおい大丈夫かと心配していたら案の定つまずいてしまった。この状況で手を貸さない人間なんていないだろ?バサバサと廊下に散らかったノートを名字の隣で膝を折って拾うと、彼女は少し驚いた顔をしていた。俺ってそんな冷たいやつに思われてんのかな。
「ありがとう……優しいんだね、藤真くん」
集めたノートを手渡した俺に軽く微笑んだ名字。そのなんとも純粋で不意打ちな笑顔に「う、」と詰まってしまい、いつも女子と話すときの愛想笑いさえ出てこなかった。俺は「どういたしまして」と言うのがやっとで、変な奴に思われてないかと少し不安になる。
……そういや名字は俺の名前を知っていたらしい。なんだか悪い気はしなかった。次も困ってたら助けてやろうと思うくらいには俺も彼女を好いてるようだ。それに、なんか、近づいた時いい匂いしたし。
『名字のことが好きなのか?』
この前花形に言われた言葉が頭の中に浮かぶ。だから違うって……お前があんなこと聞いてくるから余計に意識してるんだよ。と、ここにはいない花形に向かって変な言い訳をする自分がいた。