王子様のご所望
「私、先輩のファンです!」
「先輩!握手してください!」
「あの、手紙読んでもらえますか」
「藤真君、今度の練習試合も応援してるから!」
ちょっと廊下を歩いただけでこの声援を集めてしまうのは、うちの学校では言わずと知れたアイドルの藤真健司だ。そのルックスと運動神経、さらに成績優秀な頭脳で年下からマダムまで年齢問わず虜にして、王子様だなんて呼ばれていた。その人気たるや隣で見ていていっそ引いてしまうくらいだった。
私と藤真は同じクラスの隣の席ということで比較的仲がいい(と、私は思っている)。ので、朝練が終わった彼とげた箱で会うと、こうして一緒に教室まで行くことも珍しくはなかった。
後輩の女の子に握手してあげてから他の子達にも丁寧に「ありがとう」と微笑んで、少し離れていた私の方へくるりと向いて歩いてくる。きゃーと黄色い声をあげる女の子たちの中から「私、もう手洗えないよ!」と聞こえてきたんだけど、聞き間違いだろうか。悪いことは言わないからちゃんと洗った方がいいよ。藤真の口元も心なしか引きつっているように見えた。聞こえたんだな。
「さすが、翔陽の王子様。相変わらずおモテになって」
嫌味を含んで彼を見やれば、ぶすっとした顔をして自分の席についた。
「うるせぇ」
「やだ、冷たい」
私も席につきながら、「酷いわ藤真くん」と棒読みで言うとプイと顔を背けられた。可愛いやつ。周りの子は彼のことを王子様だとか爽やかだとか言うけど、私からすればちょっと子供っぽくて可愛い普通の高校生だと思う(男子高校生に言うのもなんだけど)。まあ、それは藤真が友達にしか見せない態度だから、ファンの女の子たちには分からないだろうけど。
「いやほんと、すごいね」
「なにが」
「あんたが」
「・・・」
1限まで時間があるからか、今だに教室の入り口から藤真を見ようと集まっている子たちを見て、感心する。これじゃあ藤真が彼女作った日には学校中、阿鼻叫喚と化すんじゃなかろうか。
「・・・でも、好きでもない奴らにモテてもしょうがない」
頬杖をついて前を見たまま彼が口を開いた。これだけ羨望の眼差しを受けても、お気に召さないらしい。
「まあ、そうだけどさ」
「だろ」
とは言っても例えば彼に好きな人がいたとして、想いを伝えれば断る女の子はいないんだろうな。よっぽどじゃない限り。藤真の方をみると、目線だけをこちらに向けた彼と目が合った。
「あんたを好きな子たち、みんな泣いちゃうよ」
そう言うと、一拍置いてにやりと笑ってから「お前が泣かすって事だな」と返してきた。
「・・・は?」
その表情にどきりと心臓が動いた。今の顔、なんかかっこよかったかも。でも言われた意味が分からなかった。私が泣かす?
私が理解しかねてるのに気づいたのか今度は体ごと私の方に向き合って、「俺が好きなの名字だもん」と周りに聞こえないようにか少し声を抑えて言った。
好きって、私を?あんたが私のことを好き?ってちょっと待って、男が、だもんとか言うな!あんたがやると可愛いなオイ!って、そうじゃなくて。
「ちょっと何言ってん、の」
「何って告白だろ。俺だって恥ずかしいんだから・・・返事くれよ」
「ああ、うん」
本当に照れているのか少し頬を染めて目を逸らした彼はさながら乙女のようで。なんだこいつ、仕草も表情も可愛すぎる。さっきの流し目がかっこよかったあんたはどこ行ったんだ。
「え、オッケーてこと?」
「え?いや・・・今のは違くて」
突然の告白に何て答えればいいか分からず、視線が彷徨う。周りの人に気づかれてないよね?なんだか、学校中の女の子に睨まれてる気がしないでもない。
「なに俺じゃ不満なわけ?」
「そうじゃないけど、」
考えてみると特に不満は無いんだよね。一緒にいるの、楽だし。話しやすいし。
「どんだけモテても、名字以外とは付き合えない。もう決めてんの」
「そう、なの」
藤真が自分の左手を私の右手に伸ばし、指を絡めて繋いだ。いわゆる、恋人つなぎというやつ。混乱して解くことが出来ない。
「今日から俺の彼女な、名前」
ちゃんと返事もしてないのに決定事項のようにそう言って微笑む彼に、私は何も言い返せず。
「・・・仕方ないな」
彼が望むまま、付き合うことになりました。そして私たちの繋がれた手を見て悲鳴をあげた女の子たちの情報網は恐ろしく。想像通り、翔陽高校はしばらく阿鼻叫喚の絵図と化した。
「俺、もう手紙とか受け取らないから心配すんなよな!」
「別にいいのに」
「握手もしないし」
「今まで通りで・・・」
「だからお前も俺以外見るんじゃないぞ!」
「はいはい」
仕方ないから、王子様のご所望どおりに。