SHORT | ナノ
微量のロマンチック


釣った魚に餌をやらない、みたいな男の話をたまに聞くんだけど、それ、まさしく私の彼氏のことだ、なんて感じてしまう今日この頃。

学校イチと言っても過言ではないほど彼はモテるから、そもそも私と付き合ってることが謎なんだけども。そこは一応さ、私も気にしてる部分ではあるわけで。まさか彼の方から告白されるなんて思って無かったし、なんなら罰ゲーム?って聞いちゃったくらいだし。そしたら怖い顔して「本気だ!」って力説されて……まあ、こっちだって悪い気はしないでしょ?
とまあ、そんなこんなで押しに負けて私達のお付き合いが始まったんだけど……始まったはず、なんだけど……。


「え、手繋いだこともないの?」
「そういうことになるのかな」
「……付き合って結構経つんでしょ?」
「もうすぐ2ヶ月」


指を2本たてて、友人の顔の前でゆらゆらと揺らしてみせる。


「健全な高校生が?付き合って2ヶ月も経つのに?手繋いだこともないって……」
「みなまで言うな……」
「藤真くんって相当な奥手なんだ」
「奥手とか以前に、あっちは部活で忙しいみたいだからさ……一緒に帰ったりもしたことないし」
「それ、付き合ってるっていえるの?」
「どうだろうね」


はあーっ、と盛大に溜息を吐く友人。やれやれと肩をすくめたくなるのは私の方だ。


「電話もデートも無しじゃ、流石につまんなくない?」
「いやぁ、わたし今まで彼氏といなかったから。よく分かんないけど……」
「あれ?そうだっけ」
「でもまあ、初めての彼氏に期待してたドキドキワクワクは、ないかもね」
「……かわいそー」


なんか藤真くん見損なったわ、苦笑した友人に人差し指を口に添えて「しーっ」と周りを見渡す。ただでさえ藤真からのアタックは校内で目立って、彼を好きな女の子からはいい顔をされないのだ。滅多なことを言うもんじゃない。こういう会話をしてる時に限って本人が現れたりするんだか「名字」ら、……ほらね?

ギクッ、と固まった私の背後に目をやって意味ありげに微笑む友人。彼女の良いところは、美人でとっても友達思いで、そして物怖じしない屈強なメンタルを兼ね備えている点だ。


「藤真くんって釣り上げた彼女には餌をやらないスタンスなんだって?」
「ちょっ、と……!」
「……餌?」
「あんまり放置してたら私が黙ってないんだけど。言っとくけど、名前だって見た目はそんなにだけど意外にモテるん、「黙ろうか〜〜」むぐ!」

「…………」


いらんこと言う口を塞ぐために、友人の頬を両手で挟んだ。余計なこと言わないで、とか私のために怒ってくれてありがとうとか色々言いたいことはあるけど一番は、誰が見た目はそんなにだけど意外に、だ!!という気持ちを込めて近距離で目を合わせれば、尖らせたおちょぼ口から小さく「ごむぇん」と謝る声が聞こえた。すごい、口にしなくても伝わったわ。

女二人でそんなやり取りをしている後ろから「あー」と気まずそうな声が聞こえた。振り返って改めて眺めると、いやほんとに男前だな藤真くん。本当にこの人が私の彼氏なんだろうか。夢だったりして。


「名字……ちょっと、いい?」


なんだろう、と若干首を傾げながら背を向けた彼の後を追う。人気のない廊下まで着いていくと、藤真がパッと振り返った。

まさか、何もないまま別れ話?と内心ドキドキしていた私は、表面上では何でもないかのように振る舞う。なんなら久しぶり、ってくらい最後に彼と話したのは一週間前とかで、その会話も「気を付けて帰れよ」「うん」みたいな、そんな一言二言だったんだよね。藤真は部活があるから一緒に帰るなんてこと、まあ無いし。


「あのさ、悪かったよ」
「……え?」


まさか謝られると思わなくてポカンとする私。


「餌がどうのって言ってただろ」
「あー……ハハハ、いや、まあ……あれは気にしないで」
「俺から付き合って欲しいって言ったのに、部活を言い訳に何も出来てなくて、ごめん」
「えっと……うん、わかった。でも部活じゃ仕方がないよね」


もともと私はそこまで他人に影響されない性格だと自負しているから、彼氏が出来たからってめちゃくちゃ浮かれたり、デートできないから拗ねたりなんて感情もどちらかというと少ない方だ。だから、忙しくてごめんと言われれば、「仕方がない」としか返事の仕様がない。だから、謝られても困るってのが本音な訳で。


「話って、それだけ?なら、教室戻るけど……」
「あ、いや……その」
「ん?」


私の中で藤真 健司という男は、もっとハキハキとして自信たっぷりで、男女問わず人気者なイメージだったんだけど。なんか、私の前ではそうでもないのかな、なんて考えながら彼が話すのを待つ。それにしても、悩んでます、みたいな顔も美しいわこの人。ちょっと可愛くも感じる。


「……モテるって、本当なのか?」


やっと口を開いたと思ったら、そこを気にしてたんかい!と内心ずっこける。


「藤真くんに言われると……はいそうですとは言いにくいけど……まあ、人並み程度には?」
「そう……だよな、……そうか」


これは別に嘘じゃないし、強がりでもない。藤真や友人に比べれば微々たるものだけど、実際に何人かに告白されたことはある。その中には言わずもがな、目の前の彼も含まれるのだから、世の中って不思議だと自分でつっこむ。

ところで、いい加減、彼の言いたいことが分からなくて疲れてきた。そのうち授業も始まるし、他に用がなければ戻りたいんだけど、と口にはせずにそわそわしている私に気付いたのか、彼は意を決したような顔で私を見つめた。


「練習、ちょっと落ち着きそうなんだ。次の土曜日が休みで……だからその日、一緒に出掛けないか?」
「あ……それって、デートしよう、ってことだよね?」
「……ダメか?」
「ううん!あいてるよ土曜日。初デートだね、嬉しい……」


藤真と付き合ってから、告白されたのが夢だったのかってくらい一緒にいることも話す機会も少なくて。やっぱり揶揄われてたのかな?と考えないこともなかったから。デートに誘って貰えたことが素直に嬉しかった。今日私のクラスまで会いに来たのは、このためか、とようやく納得する。

私が笑顔なのを見てホッとした様子の藤真は、見ている人間がふやけてしまいそうな程に優しい笑みを浮かべた。いやもう、イケメンすぎて眩しい。こんな彼氏とデートとか、心臓持つかな。

とりあえず待ち合わせ場所を決めて、そろそろ本当に授業が始まるからと話を切り上げる。


「それじゃ、楽しみに……っ、」


楽しみにしてるね。
そう言うはずだった私の目の前には、色白で綺麗なお顔と長い睫毛。いつの間にか距離を詰められ、気づいた時には口が塞がっていた。肩に置かれた手は大きく、触れる唇は暖かい。「うわぁコレ、初キスだ……」とどこか他人事のように考えていると、すぐに藤真が姿勢を戻した。


「……俺も楽しみにしてる」


眦を僅かに赤くして少し照れた様子でそう言うと、さっと背を向けてしまった。同時に授業開始の鐘が鳴り私たちは慌てて自分のクラスへ戻った。

飛び込んだ教室にはまだ先生が来ておらず、ほっと胸を撫で下ろしながら席に着く。後ろから「何だったの?」の声がかかり振り返ると、友人は驚いたような表情をした。


「え、なによ、真っ赤」
「……だろうね」
「いい意味で?」
「うん、まあ……いい意味で」
「なんか進展したんだ?!よかったね名前」


とりあえず「ありがとう」とだけ言って前を向いた。少し遅れて現れた先生が、いつも通りに授業を進めていく。

進展といえば進展だけど。手を繋ぐとか、一緒に帰るとか、デートするとか。そういうのを全部すっ飛ばして、この空白の期間を一気に埋めてしまうほどの急展開。徐々に徐々に、心臓の鼓動が煩くなっていく。さっきよりも、もっともっと、あつい。


「不意打ちすぎる……」


誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
タイミングも何もあったものじゃなかったけれど、触れた唇は柔らかかったし、近付いた藤真からはいい匂いがした。男子高校生のくせに、汗かく部活とかしてるくせに、なんでいい匂いなんだろう。

それに、キスした後の、藤真の照れた顔。学校一モテると言っても過言ではない彼だけど、こと恋愛に関しては、友人の言う通りだったのかもしれない。意外に、奥手?


「……いやいやいや」


奥手な人はいきなりキスとかしないでしょ、と考え直す。

なんにしても、ようやく餌を与えられた魚は、まだまだ収まることのない顔の火照りを気にしながら、次の土曜日に思いを馳せることにしたのだった。


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