SHORT | ナノ
少年の誤算


私の視界を綺麗に切り取っていた眼鏡が、ふいに外された。


「……えっ?」
「ああ、やっぱりな」


突然のことに目を見開く。けれど見開いたところで、レンズが無いと何も見えない私。何が起こったのか、誰が眼鏡を外してきたのか、理解する前にかけられた声には聞き覚えがあった。


「あ、あの、藤真くん……どうして」
「んー?」


向かいの席に座る彼の顔はぼやけてよく見えないが、それがクラスメートの藤真くんだということは分かった。もともと前の席だったし、この明るい栗色の髪は彼以外にはいないから。

とまあ、藤真くんが私の眼鏡を外したのに間違いはないみたいだけど、何故こんなことをしたんだろう。普通、ただのクラスメートの、それも異性の眼鏡に手を伸ばすことなんて滅多に無いはず。ましてや私と藤真くんは、たまに話すくらいの友達といえるのかも分からないくらいの仲なのに。


「えっと、め、眼鏡……返して欲しい、んだけど」
「……名字さ」
「な、なに?」


ずい、と顔を寄せられ思わず姿勢を正す。

焦点が合い、ハッキリと見えたその顔はとても綺麗に整っていた。色白で、睫毛も長くて……って、そうじゃなくて!近いんだってば!


「可愛いじゃん」
「…っ、んな、か、かわ……?」
「前から思ってた。眼鏡と前髪で隠れてるの、勿体無いと思うぜ?」


ぶわぁ、と恥ずかしさが襲う。今のこの距離にもだし、なにより彼の言葉に。褒められていることは分かったけれど突然のことでどう返せば良いのか。ただぱくぱくと口を動かす私に構わず藤真くんは続けた。


「その猫背ももうちょっと直せば?」
「え、あ、あの……」
「それだけで名字の印象、かなり変わると思う。もちろんいい意味で」
「…………」


あ、これ返す。と言って彼の手で戻された眼鏡。今更ながら慌てて周囲に視線をやると、何人かのクラスメートと目が合ってまた藤真くんの方を向いた。めっちゃ見られてる!人気者の藤真くんにこんな事されてたら、注目されるに決まってる。いつもは私、目立ったりしない生徒なのに。


「物は試し、前髪切ってさ、思い切ってコンタクトにしてみねえ?」


周りの目なんかお構い無しに、楽しそうに笑う。どうして私にこんな話をするんだろう、と落ち着いてきた頭で考えていると、いつのまにかこちらを覗き込んでいた藤真くん。だから、近いよ……!


「……もしかして俺、気に触ること言った?」
「そ、んなことは……ない、けど」
「けど?」
「どうして急に、こんな事言うのかな、って」
「……言っただろ。前から可愛いと思ってた」


うぐ、と口ごもる私。一瞬なにかの嫌がらせかと思ってしまうほど苦しい。熱い。こんな風に誰かに褒められる事なんて今までなかったから、なかなか彼の言葉を飲み込めなくて、私はただ俯いて赤くなった顔を隠すのだった。




しばらくして、眼鏡をコンタクトに変えて前髪を切り、背筋を伸ばした私は友人たちに絶賛された。心なしかよく男の子に話しかけられるようになって、ようやく藤真くんの言ってたことが信じられた。


「……やっぱり眼鏡に戻そうぜ」


なのに、私の変化を目の前にして何故か不満気な藤真くん。あれこれ言ってたくせに!と少し責めるような気持ちで見つめ返せば、彼は途端に困り顔になった。


「……めちゃくちゃ可愛いよ。ただ、ちょっと想像以上すぎて……」


可愛い。またその言葉を聞けてボボッと顔に熱が集まる。


「こんな事なら、俺だけが知ってれば良かった」


嬉しくて浮かれていた私は、そのあとの藤真くんの呟きまでは聞いていなかった。



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