SHORT | ナノ
美女も野獣になるのでしょう


屋上へ続く階段を上がり、ドアを開けて日差しの中に出た。お昼寝するにはこれ以上ないくらいに心地よい気温の中、あまりにも堂々と横になっている大男の背中を見つけて駆け寄る。


「楓、やっぱりここにいたー」


上から覗き込んで声をかけると、彼……流川楓は気だるげに目を開けて私を見た。


「ねえ、また親衛隊に絡まれたんだよ。いい加減どうにかなんない?」
「……ん」
「みんなの流川くんに彼女は必要ないんだって」
「ほっとけばいい」


そう言ってまた寝ようとする楓に、ハァとため息をひとつ。私が楓と付き合いだしてからというもの、彼の親衛隊の子達になにかと因縁をつけられるようになっていた。

そもそも私と楓が付き合ったきっかけは、三井先輩の応援に行くという友人に無理やり連れていかれたバスケ部の練習試合。彼の鮮やかなプレーに一瞬で目を奪われ、そして重なった視線。彼から声をかけられた時は飛び上がるほど嬉しかったのを今でも覚えてる。


「綺麗な顔だよね……」


眠る楓のすぐ近くに膝をついて、その顔をよくよく見つめる。切れ長の目、長い睫毛、筋の通った鼻に薄い唇。透き通るような白い肌にそっと触れると、指先がわずかに震えた。

呼び出されたり疎まれたりそういうのは嫌だけど、親衛隊の気持ちも分からなくはなかった。だってこんなに美しくて才能がある人間に惹かれないほうがおかしい。でも、だからって彼を譲ったりなんて出来ないけれど。


「…………好き」


無意識のうちに口から溢れた気持ち。大好き。本当にそう思う。

じい、と穴があくほど見つめていると、恋心と一緒に嫉妬もせり上がってきた。誰が楓のことを好きでも、誰が楓に憧れていたとしても。こうして近くで見つめるのも触れていいのも私だけ。彼の隣にいられるのは彼女である自分だけの特権だ。

楓の顔の横に両手をついて被さる。側から見れば私が彼を襲っているような構図。崩した学ランから覗く首がとても色っぽくて、誘われるように顔を寄せた。けれど優しく触れるのではなく、獣のように突き立てた歯。


「、!?イテッ……」


少し力を込めすぎたのか、勢いよく上体を起こした楓が責めるように私を見つめた。その無言の圧力にヘラヘラと笑みを返す。


「あはは、やっぱ痛かった?ごめんね」
「……あんまり悪いと思ってないだろ」
「うん」
「どあほう……なんで噛んだ」


首をさする楓の手の隙間から赤く残った歯型がのぞいて、内心にんまりと笑みを浮かべる。


「私の、って印つけたくなったから」


くっきりと残る赤が彼の白い肌に映えていた。

「ふうん…」とだけ呟いた楓が、何かを思いついたかのように口角をあげた。あれ、もっと怒るかと思ったのに、と予想外の表情に首を傾げる。

そのタイミングを狙ったのか、さっと伸びてきた力強い腕に腰を引き寄せられ、あっという間に楓に拘束されてしまった。


「っ、……?」


頬に触れる彼の髪がくすぐったい。後頭部もしっかり押さえられて、気付いた時には首元が熱くなっていた。背中をタップしても離してくれなくて、皮膚を吸われている感覚にゾクゾクとした気持ちが湧き上がってくる。わずかな痛みと同時に、羞恥で熱くなる顔。


「ちょ、ねえ、これ……」


やっと離されると、いつもクールで無表情な楓がとても満足気な顔をしていた。

彼に触れられた場所に手をやるとまだ少し湿っている。鏡なんて見なくてもどうなってるかぐらい分かった。


「キッ…キ、キスマークなんて!!こんな目立つとこに!?恥ずかしい……!」
「俺の、って印つけた」


さっきの私の真似をするように言った楓。

それにしてもこんな跡をつけてしまって、誰かにバレたらどうしてくれるんだ。親衛隊の子にでも見つかれば私がどんな目にあうか。


「……言っとくけど、歯型のほうが目立つ」


まあ、たしかにその通りなんだけど!自分のしたことを棚に上げて楓だけを責めるのはおかしい、けど。


「次からは普通にしてくれ」
「……普通って?」
「するなら、口に」


それがキスのことだと分かって頷くと、小さな笑みが返ってきた。今日の楓はよく笑う。

そうして私の肩に大きな手が置かれると、どちらからともなく唇を寄せた。


「名前」
「ん?」
「俺も……好きだ」
「……さっきの、聞いてたの?ずっと起きてた?」
「寝ようとしてたら聞こえた。まさか噛まれるとは思わなかったけど」
「それは、もうおあいこでしょ」


まだ首が痛むだとかそんな話をしていたら、いつの間にか授業開始のチャイムが鳴っていて。なんにせよこんな目立つキスマークをつけて教室には戻れないし、と開き直った私は、すでにそうしている楓の隣に寝転んだ。好きな人の隣で目を閉じれば、意識を手放すのにそう時間はかからなかった。

……放課後、首にくっきりと残った歯型のことで楓がバスケ部の人たちに散々からかわれるのを、体育館の影からこっそりと覗き見て笑ってやった。



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