SHORT | ナノ
嵐の中、恋の予感


雨戸を打ち付ける激しい雨、窓を割ってしまいそうなほど強い風。こんな日に限って両親は遠方へ法事に。ガタガタと揺れる家の中ですでに布団に包まっていた私は、この台風への恐怖と、自分ひとりだという孤独で、半べそをかきながら過ごしていた。

娘をひとりにしないでよぉ、と恨み言を呟いていると、突然バンッ!!と何かが壁にぶつかった音がした。


「ぅわっ、……!」


大袈裟なほどに肩がビクつく。外に置き忘れていたバケツか何かだろうか、一度大きな音を立てたきりで、それからはまた雨風の音だけになった。

時刻は夜の9時をまわった頃。ご飯を食べてお風呂も済ませて早々に布団へ潜ってからもう何時間が経っただろう。家も揺れるほどの強風と時折鳴り響く雷がさらに私の孤独をじわじわと引き立たせた。


「こ、高校生にもなって……別に怖いわけないし……うん、留守番くらい……ひとりで出来るし。寝るだけだもん……そう、はやく寝ちゃえばいいよね……」


天災は避けられないから嫌だ。これが幽霊とかなら余裕なのにと考えて、でもやっぱり幽霊も嫌だけど、とどうでもいいことばかりがぐるぐる浮かんでくる。

……あ、そろそろ眠れそうな気がする。よっしゃこのまま寝るぞ。


ガチャ、


「……え?」


せっかく眠れそうだったというのに、階下で聞こえた怪しい音で意識が引き戻されてしまった。確かに、いま玄関が開く音が聞こえた。

まさかこの嵐の中お母さんたちが帰ってこれるわけないし、ていうか帰ってこないって言ってたし……ま、まさかこんな時に泥棒じゃないよね!?

さっきまでとは違う意味で手も足も震えて、これでもかと布団を強く握った。どこかに隠れたほうがいいかな、けど布団から出られない。

怖い。あ!やっぱ足音するじゃん!階段登ってる!!私の部屋に近付いてるありえない…!!!


「おい、」
「ぎゃぁぁあああーっ!」


ベッドの側まで来た気配に私はパニックで、これでもかと必死で叫んだ。叫んだところで私の声などお隣さんにも届かないだろうけど、とにかく叫んだ。誰か助けて!!


「……落ち着け、名前」
「いやぁああ泥棒!!!」
「……泥棒じゃねー。どあほう」
「やだっ、近寄らないで触らないで……!この家に金目のものなんてありません……から………え、どあほう?」
「…………」


なんだか聞き覚えのある声にそろりと顔を持ち上げてみると、すぐ隣で呆れたように私を見下ろしている人物。


「……楓?」
「気付くのおせー」


暗闇に慣れた目を何度か瞬きする。それはよく見れば数軒先の近所に住む幼馴染の楓だった。

あれ、生身の楓だ。なんで楓が私の部屋にいるの?ていうかぼんやり浮かぶ楓の顔が青白すぎて怖い。そもそもどうやって家の中に……っ、やっぱり幽霊?!


「……誰が幽霊だ」
「あ、心の声出てた!?」
「思ったより元気だったな……帰る」
「ちょちょちょ…ッ、ちょっと!」


くるりと背を向けた楓の、パーカの裾を力の限り引っ張る。触れた部分は湿っていて、外の天気の荒さが嫌でも分かった。振り返った楓はハァ…と大きく溜息を吐き出し、どかりと私のベッドに腰掛ける。

一呼吸置いてからどうして家に入れたのか聞くと、楓はポケットから我が家の鍵を取り出して見せた。なんでも、ウチの母が心配で流川家に鍵を預けていたらしい。そうならそうと言っといてよね、とここには居ない母親へ毒突く。
私は気付いてなかったけど、どうやらこの辺一帯がずっと停電していて。楓ママがひとりでいる私のことを気にして電話しようとしても、出来なかったという事らしい。それでこの暴風雨の中駆り出された幼馴染には少し同情しつつ、でもやっぱり様子を見に来てくれたことに心から感謝した。楓ママもありがとう!と心の中で両手を合わせ安心していたその時。


バリバリバリ、とこれまでにないほど激しい雷鳴が轟いた。


「っ、ひいいいいい……!」


なりふり構わず枕にうずくまった私と、あまり動じない楓。


「ビビりすぎ」
「だって!音うるさいし!!ずっとひとりだったし……」
「もうひとりじゃねーだろ」


いやまあ、そうだけど!楓がいてくれて良かったけど!この音は何度聞いても慣れることなんてない。もう高校生になったからって、怖いものは怖いんだから!!

私が何も言わずにいると、楓の動きに合わせてベッドが少し軋んだ。私を覗き込むように近づくと、「こういう時って普通、抱きついたりするんじゃねーの?」といきなり訳の分からない事をのたまった。

ここで確認しておくけど別に私と楓の間にはそういう男女のお付き合いとかはまったくないワケで、だからここで抱きつくなんてのは本来なら普通ではないし、そんな恥ずかしい事出来るか!!といつもの私なら言い返してる筈だ。……いつもの私なら。


「だ、抱きついていーの?」


ついこんな事を口走ってしまったのは、全てこの恐ろしい天気のせいだ。今の私には楓がとても頼りになるイケメンに見えた。いつもはそんな事ないのに!

コクリと頷かれて、また少し沈黙が続く。ハグの許可を貰って嬉しい気持ちはあるけど、少し冷静になってみると、やっぱりそれはどうなんだ?と心の中で自問する。


「……そう言われてハイ、とは出来ないよ……恥ずかしいし」
「……」
「あ、なんでそんな顔!」
「……いや、相変わらず、変なトコこだわると思って」
「だって私と楓はただの幼な……っ、?!わぁぁあああ!!」


ドドン、ゴロゴロ!!


また雷が近くに落ちたのか、大きな音がして私は飛び上がった。その勢いのまま大きな体にしがみつく。ああ結局抱きついちゃったよ。人の温もりと穏やかな心音になんだかとても安心する。こんなに引っ付くことなんて小さな頃以来だ。懐かしい楓の匂い。

……やだこれじゃちょっと変態っぽい?

しばらくそうしていると楓の体が少し振動して、くつくつと笑ってる声が聞こえた。


「バ、バカにしないでよね、いつもはこんなんじゃ……」
「分かってる」
「……何でも知った風なんだから」
「知ってる方だと思うけど」


プルルルル


ボソボソと会話していると、近くに置いていた子機が鳴った。それにすらドキッと心臓が跳ねる。停電が直ったのかな。


「はい名字」


いつのまにか電話を取っていた楓。


「ちょ、なんで楓が人ん家の電話取ってんの……!」
「うん、大丈夫だった……ん、分かった」


話し方的にたぶん電話の相手は楓のママだと思う。楓は何度か相槌を打って、それからゆっくりと子機を置いた。

もう帰っちゃうのかな。そりゃそうだよね。私の様子見に来ただけだし……もう役目は果たしたし。気をつけて帰って来なさいよ、とか言われたんだよね。でも、そしたらまた私はひとりで過ごさなくちゃいけないのか。

心なしかまた雨足が強くなった気がした。


「か、楓……」
「電話、母さんだった。名前は大丈夫かって」
「うん……」
「じゃあ、」
「あ、あのですね楓くん……!!」


ん?と首を傾げた楓の腕にぎゅう、と掴みかかった。「何してんの」と少しだけ驚いた声の楓。その時また外で雷の音が聞こえて、手に力を込めた。


「か……帰らないでっ」
「…………」
「それで、あの、お願いがあるんですけど」
「……なに」
「い、一緒に……寝てほしいなぁ、なんて……」


一生のお願いくらいのつもりで楓を見つめていると、ピシリと固まったまま動かなくなった。たっぷりと時間を置いて「無理」と簡潔な答えが返ってくる。


「ぅ、……そ、そう…だよね」
「お前ん家じゃ無理、さすがに」
「え?」


何が何だか分からないまま「行くぞ」と布団を剥ぎ取られ、強引に手を引かれる。そうしてあれよあれよと楓の家まで連れていかれた。

困り顔の楓ママに出迎えられ、予め用意されていた客間に通される。私がおろおろしているうちに、楓が自分の布団と枕を隣に並べてくれた。一緒に寝てくれるんだ、と気づいた時にはもう布団にくるまって目を閉じている楓に、くすりと笑みがこぼれる。


「ありがと、楓」
「……別に」


ひとりだった時はあんなに怖かった雷も、楓が横に寝ているというだけであまり気にならなくなった。誰かが一緒にいてくれるとこんなに落ち着いていられるんだ、なんて考えているうちに私はすっかり眠りに落ちた。

朝、目が覚めて、台風が過ぎ去った後の晴れやかな空を見上げると、昨日まで無かったハズの新しい気持ちが胸の中に広がっているのを、確かに感じた。


「楓、すっかりいい天気だね!」
「…………ああ」
「なんか眠たそうだね?すぐ寝てた癖に!」
「それはお前だけだ……」
「え?」
「……なんでもねー」



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