SHORT | ナノ
夏色に透ける


私と越野は中学3年で初めて同じクラスになった。それまではバスケ部だということ以外彼について何も知らなくて、廊下で会っても目すら合わない存在だった。


「名字……ヨダレついてるぜ?」
「うそ!?どこ?どこ!拭いて!」
「バッカ自分で拭け」
「あはは、てかヨダレなんてつけてないし」


新しいクラスになり、たまたま席が前後になった。そしたら越野のスクールバッグに私が好きなバンドのキーホルダーが付いてて。そこからはもう仲良くならない方がおかしいってくらいに距離が縮んでいった。持ってるCDを貸しあったり、二人で約束してライブにも行ったり。気が付けば越野の試合の応援にも駆けつけたりして。少しは私のこと意識してくれてるのかな、なんて思ったりもした。いつのまにか私は越野のことをひとりの男の子として好きになっていた。


「え、マミちゃんが越野のこと好きなの!?」
「そうらしいよー」
「っ……なんで!?マミちゃんなら越野なんかよりもっとイケメンと付き合えるじゃん……!!」
「だよね。越野も顔は悪くないけど、ちょっと地味だしね?」
「だっ、誰が地味よ!」
「……自分から言い出したくせに」


ある日、私の気持ちを知っている友人から、クラスのマドンナ的存在の可愛い女の子が越野のことを好いていると聞いて、とにかく私は焦った。越野には相変わらず女友達ぐらいにしか思われて無かったけれど、別に急ぐ必要もないと思ってたのに。ゆっくりでいいかなんて。そんな余裕たったいま吹き飛んだわ!!!まさかマミちゃんが越野を狙ってるなんて!!勝てるわけない!!あの鈍感越野だってマミちゃんにかかればきっとイチコロだ。


「……どうしたらいい、かな」
「先に告白するっきゃないでしょ」
「こ、こく、はく……!」
「こういうのは早い者勝ちだよ」
「……」


確かに一理ある。中学生なんて所詮みんな浮ついていて。相手に好きと言われれば、それだけで自分も好きになってしまうような生き物なんだ。きっとそう。たぶんそう。私だってそう。告白されたことなんて無いけど。

うん。そうと決まればさっそく、告白してしまおう。放課後、部活の前に越野を引き止めて、気持ちを伝える。大丈夫、私はマミちゃんみたいな器量良しじゃないけど、越野だって私のこと嫌いなわけじゃない。もし直ぐには受け入れられなくても、意識くらいはしてくれるはず。そしたら前よりは少し気まずくなっちゃうかもだけど……このまま黙ってマミちゃんと付き合っちゃうくらいなら、私だってやってやる!相手が美人だって負けない!!先手必勝!!!


「あ、」


そんな私の意気込みを隣で見ていた友人が唐突に声をあげた。どうかしたの?と彼女の視線の先を追うと、そこには薄っすらと頬を染めたマミちゃんと、彼女について教室を出て行く越野。

あれ?先手必勝……?


「先、越されちゃった……」
「だね」
「マミちゃん言っちゃうよねあれ、好きって言うよね」
「……だろうね」
「っ、……」


頭で理解した瞬間、胸の中がきゅう、と痛くなった。あんなに可愛い子に呼び出されて、告白をされて、越野はどんな顔で教室に戻ってくるんだろう。ニヤニヤした顔で私の前の席に座って、報告があるんだとか言って「彼女ができた」って私に笑いかけるのかな。……そんなの嫌だ。越野と一番仲がいい女の子は私だったのに。越野のかっこよさを一番知ってるのは私なのに。ちょっと抜けてるところも、ピーマンが苦手なところだって、越野のことなら大体分かってるのに。いつも私に向けられてた笑顔が、これからはマミちゃんの方を向いちゃうの?


「ごめん、駄目だ、……帰る」
「まだ……結果は分かんないよ?」
「……でも、もしうまくいってたら……私、笑っておめでとうなんて言える自信ない」


鼻がつんと痛い。目が熱くなって、喉も苦しい。今すぐにでも泣いちゃいそう。こんな風になるくらい越野のことが好きだったくせに。何もせずにいた自分が本当に恨めしい。

その日、適当に理由をつけて早退した私は、家に帰ってから本当に熱が出てしまい数日学校を休んだ。完全に逃げた。もうどんな顔して越野に会えばいいのか分からなくて、あんなに楽しかった前後の席が今は少し辛い。

それでも学校には行かなくちゃいけなくて、鉛のように重たい足をなんとか引きずって教室まで来た。


「おい、名字……大丈夫なのか?」
「……おはよー」
「まだ顔色悪いみたいだけど」
「いやいや、もう元気だよ」
「…………」


自分の席に着くと、程なくして朝練を終えた越野がやってきた。心配そうに声を掛けてくる。けど、告白を決意したあの日、その場から逃げてしまった後悔と気まずさで私は越野と目を合わせることが出来なかった。


「俺、お前に話があるんだけど」


きた、と思った。聞きたくない。


「放課後……いつものとこな」
「話なら、今……聞くけど」
「ここでは言えない」


どこかソワソワとした雰囲気が顔を見なくても伝わってくる。たまらず見上げると、越野も私のことを見下ろしていて、ぶつかった視線にゴクリと喉が鳴った。すぐに予鈴が響き、私たちはどちらからともなく顔を逸らした。越野とマミちゃんが目の前で話したりするのを見たくなくて、休み時間はずっと寝たフリをした。友人たちは私の体調と気持ちを思ってそっとしておいてくれたので、心の中でお礼を言った。けど、その日は一度も越野とマミちゃんが話したりする様子がなくて。むしろ越野はずっと私の前の席にだだ座っていた。

越野が言う放課後、とは彼の部活が終わってからのこと。越野が言ういつものところ、とは二人の家のちょうど間くらいにある公園のこと。彼とよくそこで待ち合わせたり夜遅くまで喋ってたりして、私にとっては思い出が詰まった大事な場所だった。その場所でひとり、ブランコに腰掛けていると、いつの間にそこにいたのか、夕日で伸びた影がすぐ近くに迫っていた。


「……なんて顔してんだよ」
「お疲れ」
「名字、なんかあったのか?……今日ずっと変だぜ」
「そう、かな」


部活の荷物もスクールバッグも放り出して、ガチャ、と隣のブランコに座った越野。二人して正面を見つめたまま、しばらく沈黙が続く。前は会話が途切れても居心地が良かったけど、今は、このぎこちない雰囲気がつらい。そうさせてるのは私だって分かってるのに、越野の口からマミちゃんのことを聞きたくなくてどうしても素っ気ない態度を取ってしまう。


「話があるって言っただろ?」
「……うん」


ああもう逃げられない。ドク、ドク、と心臓が嫌な音を立てる。まさか耳を塞ぐわけにもいかず、私は真顔を保つので必死だった。


「好きだ」


そう、好きなんだ?ふうん。どうせマミちゃんのことが好きなんだとか言うんでしょう。付き合いだしたとかなんとか……


「……名字が好きだ」


もういちど聞こえた声に、ハッと我にかえる。誰が、誰をすき?……え?私のことが好きなの?越野が……私を?


「…………え?」
「っ、人が勇気出して告白してるっつうのに……聞こえなかった?」
「…………聞こえ、てた」
「そうかよ」


聞こえたよ。聞こえてたよ。けどさ、え、だってさ、越野はマミちゃんに告白されて……私のことは友達ぐらいにしか思ってないんじゃ……待って、ほんともう、よく分からない。


「実はさ、お前が休む前の日……俺、告白されたんだ」
「……知ってる」


まじかよ、と呟く越野。知ってたから、私は逃げたんだもん。マミちゃんに越野を取られちゃうと思ったんだよ。

そんな私の気持ちも知らずに前を見据えたままの越野が続けた。


「最初はまあ、素直に嬉しかったし、悪い気はしなかったんだけど……そん時さ、なんでか名字のこと考えてたんだ、俺。告白断ったら、好きな奴がいるのかって聞かれて……やっぱり、お前のことばっか浮かんできた。だから気付いたんだ……」


俺は名字のことが好きだって。


その声を聞く前に、私の涙腺は崩壊してた。だって、越野が私のことを好きだって。マミちゃんじゃなくて私を選んでくれたんだよ。嬉しい。私も好きだよ。こんなにも越野への気持ちが溢れてくるのに、喉の奥がきゅう、となって何も言えない。

好き。越野が好き。出てこない声の代わりに涙がボロボロと溢れた。


「自分の気持ちに気付いて……すぐに名字に言おうと思ったら休みだって聞いてさ。すげー心配した。今朝お前の顔見たらまだしんどそうだと思ったけど……どうしても気持ちを伝えたくなって……え?あ、おい、なんで泣くんだよっ」


俯いて涙を拭う私に、慌てた様子の越野が駆け寄った。「告白、嫌だった?」と不安げに聞いてくる越野がなんだか可愛くて、愛しくて、私は濡れた目をそのままに彼の胸に飛び込んだ。うわっ、と驚きの声とともに地面に尻餅を打つ。なんとか私を抱えてくれた越野の首にぎゅうと抱きついた。






「……ていうのが、私と宏明の馴れ初めかなぁ」
「へえ。越野もやる時はやるんだな」


中学の時の懐かしい記憶を思い浮かべながら、目の前にいる仙道に微笑み返す。夏休み明けの放課後、今日は部活が無いという彼と暇つぶしにお喋りをしていた。


「そうだね、最高の彼氏だよ」
「いいね……あー、俺にも名前ちゃんみたいな彼女できねーかな」
「……仙道くんなら選びたい放題でしょ?」
「はは、まさか」


頬杖をつきながら、少し困り顔をする仙道くんは誰から見ても良い男だ。現に仙道くんのことを想う女の子は多いはずで、そんな彼に、冗談とはいえ彼女にしたいみたいなことを言われて私だって嬉しくないわけが無い。きっと宏明と出会ってなきゃ惚れてると思う、なんて心の中で考えつつ、けれどやっぱり私が好きなのは一人だけ。

バタバタと誰かが廊下を走る音が聞こえてくる。


「よう、越野。そんなに慌ててどうした」
「はやかったねー」


運悪く担任に頼まれた用事を済ませ、全速力で走ってきたのか、僅かに肩を揺らす宏明。仙道くんと私を交互に見やると、キッと目を吊り上げて仙道くんを睨みつけた。


「……二人で、何話してたんだよ」
「お前が気にするようなことじゃねーよ。ただ、俺がちょっと名前ちゃんを口説いてただけで」
「なっ…!」
「もう仙道くん!すぐ嘘つくんだから。宏明も冗談だから落ち着いて」
「ハハハ」


からかって笑う仙道くんにムッとしつつ、私の顔を見下ろしてため息を吐き出した宏明。あれ、なんか失礼じゃない?せっかく仲裁しようとしたのに。


「名前に隙がありすぎるんだよ。あと、仙道のは冗談じゃねーからな」


その言葉にハテナを浮かべて首を傾げる。


「よく分かってるな、越野。さすが親友」
「クソ!まじでタチ悪いぜお前」
「心配するなって、ちゃんと別れるまで待つから」
「別れねぇ…っ!!」


ん?んん?なにやら私を置いてけぼりにして、また言い合いを始めた二人。いやどう考えても仙道くんのは冗談でしょ、と確認するつもりで本人を見上げれば、ニッコリと意味ありげな笑みが返ってきた。

……うん、やっぱからかってるだけだ。


「喧嘩もいいけどさ」


宏明が些細なことでも妬いてくれるのは嬉しい。だけど、私が何のためにここで君を待ってたのか思い出してよ。


「せっかく久し振りにデート出来るんだからさ、行こうよ。ね?」
「…………おう」


ぎゅ、と宏明の腕にくっついて、仙道くんに手を振る。「またね」と笑って教室から出ると、パッと腕が離されて、代わりに手のひらが握られた。


「仙道はダメだぞ」
「……他の人だったらいいの?」
「他の誰でも、ダメ」
「ふふ。言われなくても、別れてなんかあげない」
「……なら、いい」
「ねえ、今さらだけど手繋ぐの暑くない?」
「暑い」
「離してもいいよ」
「……ダメ」



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -