SHORT | ナノ
あなたの手にかかればこんな痛み


月に一度やってくるこの痛みを、私は心底憎んでいた。


「あー……もう、……嫌や……」


この下腹部に鈍く広がる痛みとはつまり、そう、女の子特有のあれだ。

地べたに座り、ベッドの布団へぼすっと顔を埋める。寝転ぶよりもこの体勢の方が幾分かマシだと気付いたのは、もう何年も前のことだ。

こうして私がひたすら唸りながら痛みに耐る姿は、身内にとっては見慣れた光景で。それはこの、さも当たり前かのように私の部屋に居座る南さん家の烈くんにも当てはまるらしい。ご近所に住むこの幼馴染と私は、高校生になってもそれなりに仲が良く、未だにお互いの部屋に行き来していて。だから彼が私のベッドを占領しながら無表情で私の少女漫画を読んでいたとしても、今さらうちの父親だって驚きはしないし、むしろ親たちは家族ぐるみでの付き合いを非常に楽しんでいる。

とまあ……少し話が逸れたけど。とにかく、生理痛で苦しむ私を目の前に烈が無関心でいるのも、ごく普通の日常だった。


「…………うぅ、……」


ひときわ鈍い痛みの波。お腹を抱えて、顔をさらに布団へ押し付ける。この苦しみのない世の中の男たちが本当に羨ましい。


「しんどい……辛、い」


自分の部屋なんだから、何を言おうが自由だ。苦しい分、好きなだけ文句を呟く。そうでもしないとやり過ごせないから。別に烈に聞いて欲しいわけじゃないし。

……なのに、なぜだか今日は違った。


ギシ、

私の呟きに反応するようにのそりと体を起こした彼が、そのまま私の隣に座る気配がした。そうして頭の上にぽんと乗せられる大きな手。驚いて烈の方を見ると、しっかりと視線が合う。


「……偉いな」


そう言って私の髪を梳くようにして撫でる烈。え、急になんなの。訳がわからず、ただぽかんとする私。こんなこと、今までされた事ないけど。


「変なものでも食べた……?」
「べつに……ただ、たまには甘やかしたろ思って」
「…………」
「名前、なんやしてほしいことあるか?」


彼の思いがけない言葉に、一瞬思考が止まってしまった。はたして、烈という幼馴染はこんなに思いやりのある青年であっただろうか。少なくとも昨日までの私が知る彼は、女の子の機微なんかにはまるで無関心で、頭の中はバスケ一色。マイペースでクールで……こんな、分かりやすく気を遣ってくれるような男じゃなかったのに。


「……ほんじゃ、この痛み代わって」


やっとのことで口から出てきたのはそんな返事。慣れないことしてくれなくていいから、放っといてくれていいから。自分でも呆れるほど可愛げがないけれど、いまさら取り繕うような仲でもないし。

これはきっと彼の気まぐれだろう。そう思って私は再び顔を伏せた。「もうええから」とくぐもった声で続けると、今度は腰のあたりに感じる温もり。その優しい感触に嫌な気はしなくて、むしろ心地が良かった。


「……名前には頑張ってもらわんとアカンから、出来ることはするで」
「はぁ?……どういう、意味」


珍しくよく喋る烈。本当に、今日はどうしたのか。

話すだけでも気が紛れるかもと、顔も体勢も動かさずに会話を続けた。そして次に聞こえた言葉に、私はガバッと顔を上げた。


「……いつか、俺の子供を産んでもらうかもしれへんやん」
「、はァ!?……子供?あんたの子供を産むって?誰が!?」
「声でか……なんや思ったより元気やな」
「……烈が、意味わからんこと言うからやん」
「もしもの話やんけ」
「私らが結婚するかもしれんて?……付き合ってもないのに、?」


烈のバカバカしい冗談のせいで一気に体の力が抜けたからか、あれだけ続いていた下腹部の痛みが今は引いていた。

それよりもなんでこんな話になったんやっけ、と隣で胡座をかく烈の方へ向き直る。そこには薄っすらと浮かぶ小さな笑み。


「先のことなんて誰にも分からんねんから。可能性がない事もないやろ」
「なんや、それ……」


今まで、私たちの間にそういう空気は一切無くて、本当に、身内のように接していた。年頃になってもそれは変わらないと思っていたけれど、それは私だけ?と首をかしげる。ぐるぐると目が回るような感覚に戸惑っていると、烈は相変わらず淡々とした様子で口を開く。

そもそもこんなことを言い出したのは、最近になってお互いの親たちの期待を感じるようになったからだとか。うちの娘を貰ってくれないか、と冗談まじりで頼まれたりもするそうで。勝手に何を言ってるんだと、自分の親に苛立ちを感じた。どうせ子供の浮いた話をつまみにお酒を煽りたいだけだ。名字家も南家も、そういう親たちだというのは身を持って知っている。それなのに、真に受けてる烈も烈だ、と胸の内でため息を吐き出す。


「…………」
「せやから痛みは代わってやれへんけど……その分、俺に甘えてくれ」
「……、はぁ」


結果そこに戻ってくるのか、と脱力する。あんたそんなキャラとちゃうやろと心の中で呟きながら、そろりと烈の方を見上げた。

まあ、結婚うんぬんは別としても、大事にしてもらえるなら嬉しいことだ。今までの付かず離れずの距離も悪くなかったけれど。……基本的には気が置けない幼馴染だし。このままお互いに相手が見つからなければ、あるいは、本当に結婚してもいいかもなんて思えてきた。彼も同じような気持ちということだろうか。


「……烈、耳真っ赤やけど」
「うるさい」
「照れるんやったら無理せんでええのに」


普段はあまり見せないその顔が無性に可愛くて、くすりと笑みが溢れる。真面目な性格で、こんな話するような男じゃないはずなのに。真っ赤になった耳が余計に可愛かった。


「……まだ痛むんか」
「あれ、そういえば……痛くない、かも」
「そうか。よかった」


気を取り直すかのように、話題を戻した烈。赤みも引いて、いつも通りの無愛想な顔。けれど、その目は今までとは明らかに違う、優しさを帯びているように見えた。


「どうせ来月も痛むんやけどな」
「ほしたら……また俺が一緒におったる」
「へえ、それは心強いわ」
「言っとくけど……俺が優しくすんのは、お前だけやぞ」
「……ありがと」


また小っ恥ずかしいことを、と思いながら、烈から顔をそらした。今絶対、私の顔は赤い。

私が考えていたよりも、烈は私のことを好いていたようで。それが幼馴染としてなのか女としてなのかはまだハッキリとは分からないけれど。なにより満更でもない自分がいることに一番驚いた。

それにしても、烈の口からさっきみたいな言葉たちが出てきたことが本当に信じられない。一体どこで覚えてきたのか、と考えたところで少し引っかかるものがあった。はて、そういえば、なんだかどこかで聞いたことがあるような言い回しだった気がする。


「……この漫画のセリフか」


烈が帰った後。彼が読んだままベッドに放置されていた漫画を持ち上げて、ひとり笑った。もしかしたら、この漫画に出てくる幼馴染たちのように、私たちの関係も変わっていくのかもしれない。


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