SHORT | ナノ
積もるのは恋というもの


( 雨音に紛れて消える 続き )



その日、日本列島が大雪に見舞われた。

俺の住んでる地域、学校周辺にも珍しく雪が降り積もり、午前の練習を終えた時点でもそれは溶けることなく辺りを白に染めていた。


「神さん神さん!コレ、雪だるまつくり放題すよ!」
「そうだね」
「俺、体つくるんで!神さん頭つくって!!」
「えー」
「あ、牧さんっ」


今日の練習は半日。午前練を終えて更衣室を出ると、一足先に外に出ていた清田が雪に大はしゃぎしていた。それを見て呆れていた神と目が合うと、苦笑して肩を竦めていた。


「牧さん、こいつ、なんとか言ってやって下さい」
「ハハ……いいんじゃないか。あれだけの練習をしてまだ元気が残ってるんだ。頼もしいだろ」
「そうですかね」


「冷てえっ!」と言いながらせっせと雪玉を転がす清田の姿に、俺の後からやってきた武藤は「うわっ、信じらんねー」と口元をマフラーに埋めた。日頃から寒いのが苦手だという高砂も清田のテンションに一瞬眉をひそめて、それから両手に息を吹きかけた。それほどまでに今日は寒い。


「……清田、いくら若いからってはしゃぎ過ぎると風邪引くよ」
「名前さんも一緒にやりましょーよ」
「やだよぉ、見てるだけで寒いもん」
「動けばあったかいっすよ!」


清田の誘いをばっさりと断った名字は、そのまま俺たちの方へやってきた。そうして俺の隣に立つと、そろりとこちらを見上げた。


「……行こっか?」
「おう」


俺たちのやり取りに他の奴らは揃って目を丸くした。「じゃあな、お先に」と手を上げれば、俺と名字を交互に見て首を傾げるチームメイトたち。

「とうとう付き合った?」「いつからだ?!」「マジっすかぁぁぁ!」「うるさい信長」と騒ぎ立てる声は、すでに歩き出していた俺たちの耳に届くことは無かった。






『今度の日曜、あいてるか?』


そう言って名字を呼び止めたのは数日前のこと。彼女はとても驚いた顔で少し考えたあと、存外あっさりと頷いてくれた。

俺と名字は別に付き合ってるとかそういう関係ではなくて。同じ部活の仲間、主将とマネージャー。まあ、彼女は俺のことを仲のいい友人くらいには思ってくれてるのかもしれないが。俺は名字のことを、友人以上の存在として見ていた。


「牧に妹がいたなんて初耳」


普段の俺ならあまり入らないような小洒落た雑貨屋で、ハッと我にかえった。


「そう……だったか?」
「うん。まあ、他の部員たちの家族構成も知らないけど。わざわざ話したりしないもんね」
「確かに」
「妹のためにプレゼントを探したいなんて、いいお兄ちゃんだね」
「……名字が一緒に来てくれて助かったよ」


お役に立てて良かった、と微笑んだ彼女にぼうっと見惚れる。

名字のことが好きだと自覚したのは、いつからだろう。自分でも気付かないうちに彼女を目で追い、心底信頼し、当然のように部活仲間以上の感情を持っていた。

そのきっかけは……ああ、そうだ。あの雨の日。俺を助けるために恋人のフリをしてくれた時か。あの時から、ただの友人という枠では彼女を見ていなかった気がする。



「……外はまだ吹雪いてるし、少し休憩でもするか。何か飲もう」
「いいね」


そう言って適当な喫茶店に駆け込んだ俺たちは、それぞれコーヒーやココアを注文して、未だ雪が吹き荒れる窓の外を眺めた。


「牧が予定なんて聞いてくるからさ、最初は何かと思っちゃった」
「……何だと思ったんだ?」
「デートのお誘いかな、なんて」


あるわけないのにね!と軽快に笑う名字。ここであるわけないと思われているあたり、俺は彼女の眼中に無いのかもしれないな、と内心で溜息を吐く。

確かに、「妹の誕生日プレゼントを一緒に選んでほしい」とお願いした。だが、本当にそれだけで誘った訳ではなかった。第一、アドバイスが欲しいなら聞くだけで済む話だ。わざわざ一緒に出かけたいと思ったのは、もちろん下心があったからで。

実際にこうしてふたり同じ席で話しているのを周囲の人間のほとんどは若いカップルとして見てくれているだろう。そう考えると悪い気はしなくて、むしろ本当にそうならないかと願う俺がいた。


「でもさ、本当のところ、どうして私だったの?」


コーヒーカップを傾けていた俺に真っ直ぐ目を向けくる。とても純粋なそれに少しの間を置いて、さてどう返したものかと思案した。ここで正直に「好きだから」と答えてしまえればいいが。そうはうまくいかない。


「名字は……普段から持ち物も統一感があって、好感が持てるというか」
「え、」
「名字に頼めば間違いなさそうだと思った」
「……それは、嬉しいけど、ちょっと私のこと買いかぶりすぎだよ」
「そんなことはない」
「…………」


ふい、と顔をそらして俯き、小さな声で「ありがとう」と呟いた名字。少し赤くなった耳を見付けて、なんとも言えない気持ちになった。本当、可愛いやつだ。

まだ風が強くて、もう少し弱まってから帰ろうという俺の提案に名字が反対することはなかった。部活のことや進路のことなどポツリポツリと会話をし、そうして話してるうちにいつのまにか時計の短針が6時を指していた。実に半日もの時間を彼女と過ごしているのかと内心驚いた。

窓の外を見ると、ちょうど雪も止みかけで、さっきまでより随分と穏やかになっている。手早く会計をすませ、名字と並んで外に出ると、やはり思っていたほどの寒さは無くなっていた。


「家の人、大丈夫か?」
「平気……部活の時の方が遅いし」
「そうか」
「それより、送ってもらっちゃってごめんね」
「当たり前だろ。というより、方向も一緒だしな」
「……いつもありがと」
「なんだよ急に」
「言いたくなったのー」


んふふ、と微笑んで二、三歩先へ進んだ名字。彼女とこうして帰ることには良くあった。入学してから今日まで、何度隣を歩いただろう。練習でうまくいった時も、試合で思うようにプレー出来なかった帰りも。いつも隣には名字がいた。今では彼女の歩くスピードも、俺を見上げるタイミングも、大体のことは分かるようになっていた。

……この心地よい関係が変化するのは少し怖い気がするが、それでも、このまま何も変わらず、卒業とともに彼女の存在が遠くなる方がよほど怖いと思えた。


「あはは、なんか、牧と帰る時って……だいたい天気が悪いのは気のせい?……ほら、前も、いきなり大雨になったりしたよね」


牧って晴れ男っぽいのに。と無邪気に笑う顔を見て、その場に足を止めた。

俺たちの頭上にはまた雪がチラつきはじめた。それはまるで俺の気持ちと同じように幾重にも降り積もり、地面を覆う白の一部となる。

たとえ天気が悪かろうが。


「……名字と一緒なら、それもいい」
「え……?」
「いや、なんでもない」
「……ふうん?」


春になって雪が溶けてしまう前に、この気持ちを君に伝えよう。だけど今はまだ、こうして付かず離れずの距離で君の隣を歩いていたいと思った。



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