お砂糖をくちびるに
同じ大学に通う私の彼、福田吉兆はとっても照れ屋だ。
どのくらい照れ屋かというと、好きだの愛してるだの、他にもかっこいいやら男前やら、私が思いつく限りの色んな褒め言葉で詰め寄ってもピクリとも表情を変えないくらい。そのことを友人に話すと、「それ、照れ屋っていうか、無愛想なだけじゃない?」と首を傾げられてしまった。
好きになったのは私から。だから告白も私からだったし、手を繋ぐのも初めてのキスもほとんど私からみたいな感じだったけど……これも、彼が照れ屋の恥ずかしがり屋だから。のハズ。あれ?そういや吉兆から好きって言われたことないかも?
でも、じゃあ、どうして彼は私と一緒にいてくれるんだろう。私のどこが好きなんだろう。そんなことを考え出したら頭の中がぐるぐると止まらなくなって、授業なんてまったく手につかなくなってしまった。そんな私を友人は呆れた目で見て、「気になるなら本人に聞いて来れば?」とこれ以上ない的確なアドバイスをくれた。そうだよ、聞いちゃえばいいんだ。単純だといわれようが、私は悩むより行動する方が性に合ってるから。
「見つけた、吉兆」
「名前……?」
授業が終わるなり彼の姿を探し回って、ようやく捕まえた。私に呼び止められた吉兆は一緒にいた友達と別れて、私のそばまで来てくれた。それだけでもキュンってしちゃうんだから、私はよっぽど彼のことが大好きだ。
広い中庭の木陰にあるベンチで並んで座る。ここは人通りが少なくて、カップルとか友達と休憩するのには絶好の穴場だった。
「あのね、聞きたいことが、あって」
珍しくもじもじとしている私の様子に、吉兆はいつも通り先を急かすでもなく、ただ黙って待ってくれていた。そういうところも好き、……って、そうじゃなくて。本当に私のことが好きなのか教えてもらわなくちゃ。
「……えっと、だから、ね」
「…………」
「吉兆はさ、私のこと……その……」
あれ。あれれ。いざストレートに聞こうとしても、うまく声に出せない。ごにょごにょと言い淀む私を吉兆はまだ待ってくれる。ちゃんと、聞くんだ。
「私のこと……本当に好き?」
「……?」
「……」
ようやく口にした言葉に、彼はぽかんと真顔になって、それから質問の意味が分からないとでも言いたげな顔をした。
「……そうじゃなかったら、一緒にいない」
「いや……うん。そうなんだけどさぁ!つまりね、私、吉兆に好きって言ってもらったこと……ないから、なんていうか、言葉にしてもらいたいなぁって……」
「…………」
身長が高い彼をそろりと見上げると、口元をぎゅっと固めて視線をそらされてしまった。え、え!そんなに嫌だった?私に好きって言うのは嫌!?
ぷるぷると震える吉兆を前に慌てる私。もしかして震えるほどお腹でも痛くなったの!?あれ、でもよく見たら吉兆の耳、赤い?ほっぺも、いつもと比べてなんだか赤みがかってる……!照れて、る?
「……す、……きだ」
それは本当に小さな小さな声だった。
彼は私から顔を背けて、蚊の鳴くような声で何かを呟いた。たぶん、「好きだ」と言ってくれた。吉兆の口から初めて聞けた。嬉しい。嬉しさでにんまりと笑ってしまいそうになるのをなんとか堪える。彼につられて熱くなった顔も、どうにかバレないように落ち着かせた。嬉しけど、これじゃ足りない。……もっと聞きたい。
「ねえ、いま、よく聞こえなかったんだけど……」
我ながら意地悪だなと思う。こちらを見ようとしない彼をいいことに、一歩近付いて、もう一度覗き込むようにお願いしてみた。「なんて言ったの……?」と、女優ばりにすっとぼけていると、また呟くような小さな声で「……すき、だ」と聞こえてくる。
「ん?んん?」
「…………」
ちゃんと好きだと言葉をもらうだけでこんなにも幸せな気持ちになるんだ。もうハッキリと聞こえていたのに、困ってる吉兆を見てたらちょっと楽しくなっちゃって、私はかなりうざい悪ノリをした。だって、何度だって彼の気持ちを聞きたいし。
吉兆の胸に顔を寄せてクスクス笑いながら「
もうひと声!お願い!」と頼む。私が面白がって言わそうとしているのが分かっていたのか、彼は「……フン」と鼻を鳴らして、それから私の顔を両手でガシッと掴んだ。上を向かされて、目の前に影がかかる。
「……っ、!」
突然重なった唇に一瞬目を見開く。ちゅうううう、という音が聞こえてきそうなほど長く吸い付くような口付け。言葉にはしなくても、触れ合う部分から気持ちを流し込まれているような気がした。
だんだんと苦しくなって吉兆を押し返そうとするけど、顔を掴んでいた手がしっかりと背中にまわっていて、なかなか離してはくれなかった。
「はぁっ、……ま、参りました……」
ようやく唇が離されたときには、私の息は上がっていて。苦しくて目尻に浮かんだ涙を彼の手が優しく拭ってくれた。
まったく、人通りが少ない場所とはいえ、こんなキスを誰かに見られていたらと考えると、胸のドキドキが止まらない。吉兆にこんな大胆な一面があるだなんて知らなかった。
「……伝わったか?」
「……めちゃくちゃ好いてくれてるんだね」
コクリと満足気に頷いた吉兆は、「分かったならいい」と言ってまたそっぽを向いてしまったけれど。また耳が赤くなってるのを見つけた。やっぱり彼は無愛想なんかじゃなくて、ただ照れ屋なだけだった。
「ということで、ふたりの愛を再確認したことを報告します!」
「あっそ」
「それによく見たら吉兆って表情豊かだってことに気付いた!」
「はいはいご馳走様」
緩む頬を隠しもせずに彼との出来事を友人に惚気るととても迷惑そうな顔をされたけれど。そんな冷たい視線も今の私には効かないぞ、と下手くそなウインクで返しておいた。