3
とある病院の一室。
「女の子か……かーわいいなぁ」
赤ちゃんに自分の人差し指を握らせて感激している高野。そのデレデレな様子に微笑みながら「健司に似た美人でしょ?」と私が言うと、すかさず花形と長谷川が口を開いた。
「いや……口元のあたりなんか、名字に似てないか?」
「俺もそう思った」
「……そうかな?」
わらわらと頬を緩めて顔を寄せ合う男たちが一昨日生まれたばかりの小さな女の子を覗き込んでは、目が開いただのいい匂いがするだのと楽しそうに言い合っている。
「私は健司にそっくりで嬉しかったんだけど……」
「藤真と名字の子供だぜ?どっちに似ても可愛いに決まってるって!」
「それは褒め言葉でいいんだよなぁ?永野」
「え……あ、当たり前だろ!別に藤真が女顔とか言ってねーから!なっ?」
「……まあ、そういうことにしといてやるよ。実際、俺たちの子は可愛いし」
もう親バカかよ、と誰かが笑う。……そう、私たちは親という立場になったんだ、と未だに不思議な心地だった。
あの日健司の気持ちを聞いてから程なく、私は命を授かった。はじめは実感も無かったけれど、ひどい悪阻に悩まされたり、日に日にふくらむお腹に触れて癒されたりして、なんとか今を迎えられた。正直、本当にしんどくて大変だった。けどそれもこれもこの子を迎えるために必要なことだと思えば、何だって耐えられた。
何より、健司がそばで支えてくれたから。健司だけじゃなくて、家族も、こうしてすぐに子供の顔を見に来てくれる仲間たちも、みんながいたから頑張れた。たくさんの人たちに望まれて、守られて、愛されて生まれて来たこの子は、なんて幸せ者だろうと、胸がじわりと温かくなる。
「……みんな、ありがとう」
自然と口にしたその言葉は、わいわいしていた個室の中で、不思議とみんなの耳を捉えていたらしい。「なんか俺、ジーンときた」なんて言いながら永野が鼻をすすると、他のみんなも照れくさそうに笑って私の方を見ていた。
その中でも一番に破顔していた健司と目が合った。愛おしむような彼の視線にどくりと心臓が高鳴る。みんながいる前で、こんな風に見つめられることなんて今までは無かったから。
「見せつけてくれるよな」
やれやれと両の掌を上にし、困ったような表情の花形。
「まったくだ!独身の身にもなってみろっ」
「俺も結婚したくなったー」
「その前に彼女つくれ」
順に永野、高野、長谷川が続き、それからしばらくは「次は誰が結婚するかな」とか「この子の名前はどうすんだ」「まだ考え中!」だとか、会話の内容こそ変わったけれど、高校の時と変わらないようなやりとりを何度も繰り返した。
私と健司も顔を見合わせて笑う。そうしてふと覗き込んだ私たちの赤ちゃんは、騒ぐ大人たちなんかどこ吹く風とでもいうように、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。
「みんなにちゃんとお礼しないとだね」
「そうだな。……あー、あいつらも早く結婚したらいいのに」
「私の予想じゃ、次は長谷川あたりかな?彼女いるって言ってたし」
さっきまでの賑やかさが嘘のように静かになった個室で、家族三人、楽しかった余韻に浸る。
あまり長居しても名字の負担になるからと切り出したのは、昔からまとめ役の花形だった。そういう気遣いが出来るあたり、相変わらずしっかりしてるなぁ、と感心しながらその背を見送った。
「なあ、名前」
「ん?」
「俺……怖いくらい幸せだけど、いいのかな」
いつかの日のように私の背後に立って、優しく包み込むように抱き締めてきた健司。
幸せすぎて怖いという気持ちは、私にだってあった。けれどこの先、辛かったり大変な出来事だってきっとあるだろうから。今のこの幸せを十分に噛みしめたってバチなんか当たらないはずだ。
返事の代わりに彼の腕に手を添えて、それから振り返ってにっこりと笑ってみせた。健司の目の奥にほんの少しだけ見えていた不安がすっと薄らぎ、すぐにいつもの自信に溢れた表情に戻った。
「一緒に……頑張ろう、名前」
私が頷くと、すぐに降ってきた口付け。それがだんだんと深くなってきた頃、様子を見にきてくれた看護師さんのノックで慌てて距離をとった私たち。
チラ、と盗み見た健司がほんのり耳を赤く染めていて。それがあまりにも可愛くて、私の胸は溶けてしまいそうなほど幸せな気持ちでいっぱいになった。