SHORT | ナノ
2


「ただいま」
「おかえりー!」


この日、仕事帰りの健司はいつもより機嫌が良いように見えた。先にお風呂を勧めて、その間に夕食の準備をする。出来上がった料理をテーブルに並べていると、ちょうどタイミング良く彼がお風呂から上がってきた。


「この大根のサラダ……美味い」
「でしょ!この間カフェで食べたのを真似してみたんだよね」
「へえ……やっぱ名前って器用だよな」
「ありがとー」


これもあれも美味しいとか、そういえば廊下の電球が切れかかってるとか、お隣さんが引っ越すらしいとか、他にも今日あった事とかを色々と話した。

そんな中、仕事で大きな成果が出たという健司の話を聞いて、なるほどだから上機嫌だったのかと納得する。料理の味も褒めてもらえたし、なんだか私まで気分が良くなった。




「名前」
「っ、!?」


食事を終え、食器を洗っていた私の耳元で健司が囁いた。急なそれに肩をビクリと震わせ、危うく手を滑らせるところだった。さっきまでソファで寛いでいたはずなのに、いつの間に近付いたんだろう。

文句のひとつでも言ってやろうとしたら、その前にするりと手が伸びてきた。背後からお腹を抱えるように抱き締められて身動きが取れない。

「どうかした?」と聞いてみても返事はなかった。気になりつつも洗い物だけは終わらせてしまおうと、唯一自由な両手を動かして食器を水切りかごに並べた。


「……それで、ハグの理由は?」


濡れた手をタオルで拭きながら、未だ背中にピッタリとくっつく旦那様に問い掛ける。急なスキンシップとだんまりの様子に、何かあったのかと首を傾げた私。


「もう、何か言ってくれないと分からな…っ、!」


何も言わない健司の方を振り向こうとしたら、思ったよりも近くに顔があって、あっという間に唇が触れていた。驚いて引こうとした頭は健司の手に押さえられ、息をしようと開いた口内には彼の舌がぬるりと侵入してくる。


「……はっ……んん……」


ゆるゆると舌が絡み、ぴちゃ、くちゃ、と聞いてるだけで恥ずかしい音がリビングに響いた。

キスの時に鼻で息をするのが昔から苦手で段々と苦しくなってきた私は、体の力を抜いて健司の腕に体重をかけた。重いだろうけど、こんな激しいキスをしてきたのは健司なんだから、しっかり支えなさいよという気持ちで薄目を開けた。


「……っ」


目が合った健司の表情はどこか恍惚としていて、一体彼はどこでスイッチが入ったんだろうと不思議に思う。

やっと離れた頃にはお互いの唇が唾液でいやらしく光り、私の目には生理的な涙が浮かんでいた。それを指先でそっとすくった健司。何を言うのかと黙って待っていれば、彼は目尻から頬にかけて顔を赤くして、ようやく口を開いた。


「俺さ、そろそろ子ども欲しいんだ」
「え……」
「最近、ずっと考えてた。そんで、名前の後ろ姿を見てたら、急に気持ちが溢れ出して……」


すごく抱きたくなった。

そんなことを言ってくる健司に私までボッと顔を赤くした。夕食の時までは普通だったのに。本当に急だ、と心の中でため息をついた。

結婚して2年目の私たち。いつかは子供が欲しいと思っていたけれど、具体的な話をすることは今までなかった。きっとお互い、自然に任せればいいかくらいに考えてたから。だから、健司の率直な言葉に驚きはした。驚きはしたけど、それよりも……


「私だって、健司との子供が……欲しいよ」
「……ああ」


愛する人に子供が欲しいと言われて嬉しくないわけがない。

見つめ合ってもう一度触れるだけのキスをすると、顔の火照りは少しおさまったけどその代わり、じわじわと暖かい気持ちが胸の中で広がってくる。あ、なんか、私まで変な気持ちになってきた。


「……ごめん、俺もう限界」
「えっ、健司?……うわっ!」


ひょい、と私を横抱きにした健司は、さっさと寝室へ歩を進めた。


「続きしよ」
「ちょ、待ってよ!私、お風呂入ってないっ」
「……あとで一緒に入るからいい」


余裕なさげに寄せられた眉を見て、この男が本気でこのまま致すつもりなのだと理解する。けれど、それだけは勘弁してくれと大暴れした。……汗だってかいてるし、なんかもう色々と困る。


「善は急げってな」
「あ、っ……もう……んっ」


そのままベッドへなだれ込むと、有無を言わさず唇を塞がれ、部屋着の中にはすでに手が這っていた。はなから聞く耳なんて持っていない。

こうなったら健司を止めることは不可能に近いと諦める私。抵抗していた力を弱めると、そうこなくちゃとでも言うように、手際よく服が脱がされていく。かと思えば、ぴたりと動きを止めた健司が私に被さったまま、真っ直ぐな瞳で見下ろしてきた。


「男でも、女でも……生まれてくる子と名前を、絶対に守るから」
「……うん」
「愛してる」
「私も、愛してる」


ああ、こんな言葉で全部を受け入れてしまうんだから、私の方が惚れちゃってるんだなぁとつくづく思う。

そうして、とろけるような温もりに包まれながら、私は健司からたくさんの愛を貰った。


溶けるのだって構わない 3


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -