SHORT | ナノ
青い春に起こりがちなあれこれ


「名字さん、これ、渡しといてほしいの……」


藤真君に。


そう言ってなかば無理やり手渡された手紙を、私は今日も幼馴染の元へ持っていく。

藤真健司は、この翔陽高校の人気者だった。そんな人の幼馴染という私のポジションはみんなに羨ましがられ、ときには疎まれる、なんとも難しい立場だった。


「えっと、そういうのは、自分で渡した方が……」
「……駄目なの?」
「いや……うん、分かった。渡しとくね?」
「ありがとうっ」
「……」


一瞬、女の子の空気が変わった。渡してくれないとどうなるか分かってるよね?みたいな心の中の声が聞こえた。怖い。ピンクの便せんに可愛い丸い字で「藤真君へ」と書いてあるそれを、恐る恐る鞄の中に入れる。


「よろしくね!」
「……はぁい」


本当なら、手紙なんて受け取りたくなかった。誰にも言えないけど、私だって健司が好きだから。小さな頃から一緒にいるから、今さら気持ちなんて伝えられない。

前に手紙を届けるのを断ったときは、影で散々悪口を言われた。「断るってことはあの子も藤真君が好きってことじゃないの?」「幼馴染ってだけで調子乗ってるよね」と。だから結局はいつも引き受けちゃうんだけど。

まるで幼馴染は健司を好きになっちゃいけない決まりみたいに言われて、傷付いたりもした。女の子って本当に怖いよなぁ。


(……はぁ、……)


あと、何が一番困るかって。


「おっ前も懲りねーな?」
「お願いだから読んであげてよぉ……」
「いらねーよ」


それはこの手紙を、健司が受け取ってくれないということだ。

なんで受け取ってくれないの、と毎度のことながら項垂れる私。いつもならそれで引き返すところだけど、なぜか今日は健司に腕を掴まれて、至近距離で見つめられた。ちょっと、近すぎるんじゃ、ないかな。


「なら聞くけど、名前は俺がそれを受け取ってもいいわけ?」
「え……?」
「そんで、その中に俺好みの誰かがいたとして、そいつと付き合えばいいと思ってんの?」
「べ、べつにそういうわけじゃ…」
「他の女のラブレター持ってきてんだからさ」


つまりそういうことだろ、と真顔で私を見つめる健司。真顔の彼を、久しぶりに見た。高校生になってから初めてかもしれない。声がちょっと怒ってる気がする。どうして?


「俺がいらねーって言っても、頼まれてくるんだもんな」


そう言ってパッと手を離された。近かった距離も普通に戻った。けど、私の心臓はドクドクと嫌な音を立てたまま、すぐには元に戻らない。


(そんな言い方……しなくてもよくない?)


なんだか胸が切なくなって、それと同じくらい健司に対して怒りも感じた。私だって……私だって……


「好きで、受け取ってるんじゃ、ないもん」


女の子のコミュニティーって、男の子が思ってるよりずっと難しいんだから。なんでも健司みたいに上手くいく訳じゃない。私と幼馴染だからって健司は困ったことないかもしれないけど、健司の幼馴染は簡単じゃないんだよ。知らない、くせに。


「付き合うとかは……健司の勝手だし」
「ふーん。じゃあ貸して」
「……え、」
「これから頼まれたら、俺に直接持ってくるように言えよ」


さっと私の手から手紙を抜き取ると、その場で乱暴に開けて中に目を通す。そうして、「もういいから」と私の方をまったく見ずに言い放った。

もう頼まれなくなるなら清々する、と心の中で呟いて私は健司に背を向けた。






あれからまた何人かに手紙を渡すように頼まれたけど、健司に言われた通りに断った。「藤真君がそう言うなら」と案外あっさりと引き下がった女の子たちに驚きつつ、これで嫌な役目が無くなったと喜ぶ。少しすると、私に頼んでくる人はまったくいなくなった。

一番心配していた陰口とかもないみたいで、とても平穏な時間を過ごすようになった。それは私がずっと望んでいた毎日だった筈なのに。


(健司と……会えなくなっちゃった……)


幼馴染で家も近所だけど。健司はバスケで忙しいし、クラスだって違う。どちらかが会いに行かない限り接点なんて無いに等しかった。たまに遠くの廊下で見つけても、ただそれだけ。話すことも無くて、それがとても……寂しかった。

前までは私が手紙を口実に会いに行けたのに。今はそれもないし。あんなに嫌だと思ってたくせに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。




「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」
「……はい?」


昼休み、何度か私に手紙を預けてきた女の子に声をかけられた。その横には、数人の女の子がいて、みんな同じように眉を顰めていた。中には泣き出しそうな子もいる。


「藤真くんに彼女がいるって……ホントかな?」


健司に、彼女?


「え……私、し、しらない」

「彼女がいるから手紙受け取らないって」
「もう何人も断られたの」
「今まではそんなこと、なかったでしょ?」
「名字さん……何か聞いたりしてない?」


次々に口を開く女の子たちの前で、その迫力に少し縮こまる私。そんなこと言われたって、知らないものは知らない。彼女がいるなんて初耳だった。


「……分からないよ」
「そう」


納得いかないって顔だったけど、私が本当に何も知らないと分かり、女の子たちはしぶしぶクラスに戻って行った。

詰め寄られたことと、健司に彼女がいるということにショックを受けて、しばらくそこから動けなかった。そんな私を、心配した友人が迎えに来てくれたおかげで、なんとか午後の授業の号令には間に合った。でも、授業なんて何一つ頭の中に入ってこなかった。






「よう、名前」


帰り道、落ち込んで下を向いていた私に声をかけたのは、今まさに私が思い浮かべていた人物だった。


「け、んじ……」
「なんだよお前、体調でも悪いの?」


私の顔を見てすぐに異変に気付くあたり、やっぱり幼馴染なんだなぁとしみじみ思う。それも今となっては辛いだけかもしれない。

今日は放課後練が休みだと言って笑う健司は、どこか機嫌が良さそうに見えた。俺が一緒で良かったな、と私の頭に手を置いてくしゃくしゃと撫でてくる。家まで送ってやるからと偉そうにしてるけど、どっちみち帰るのはほとんど同じ道だ。

……そんなことより、せっかくのオフの日に彼女と一緒にいなくていいの?と、言いたい言葉が口から出てこない。

彼女の話を聞きたいけど、なかなか聞けない弱い自分が嫌になる。聞けないかわりにちらちらと彼の方を盗み見ていると、私の挙動不審に気付いた健司は「なんだよ」といつもと変わらない声音で首を傾げた。


「あの、さ……健司」


健司は言いにくそうに口ごもる私を急かすようなことはしない。昔からずっとそうだった。あの、とか、えっと、とか言葉にならない声の中からかすかに聞こえた「彼女」という単語を拾うと、私が言いたいことを瞬時に理解した健司はニヤ、と口元を緩めた。こういう所もずっと変わらない。


「彼女……ああ、なるほどね。聞いたんだ?」
「……うん」
「名前、もう手紙とか頼まれなくなっただろ」
「……う、ん」


良かったな、と楽しげに微笑む健司とは反対に、私の心はますます落ち込んで暗くなる。


(……良くない)


いま、ハッキリと分かった。私は頼まれた手紙を健司が受け取らないことで、いつも安心していられたんだ。

本当は手紙を運ぶのが嫌な訳じゃなかった。人の気持ちを伝える手伝いばっかりして、自分の気持ちを伝れられないことが、伝えようとしない自分のことが、嫌だったんだ。

でももう遅いんだよね、健司には思いを伝えあった彼女が……


「にしても、適当に彼女いるっつっただけでこれだもんな」


そう、適当な彼女が……適当な……適当?
……え?


「健司……適当、って?」
「あんな噂、適当に決まってるだろ。ただの牽制。いないよ彼女なんか」


……あれ?つまり、どういう、こと?
健司は誰とも付き合ってないって、こと?


「俺は部活で忙しいから。彼女がいても構う時間ないし」
「そ、っか……いないんだ、……!」



噂が本当じゃなかったこと知って、ほっと胸を撫で下ろしていると、背後から突然、片手で抱きすくめられていた。


「け、健司っ、な、なな、なに……っ」


混乱する私の耳元で「安心した?」と囁く健司は、長い付き合いの中でも見たことないような色気を漂わせていて。


「……っ、!」


ぼんっ、と顔から湯気が出そうなほど真っ赤になった私を、くるっと自分の方へ反転させて、じろじろと嬉しそうに眺めてくる。

そうして勿体ぶったように目を細めると、またにやりと口角を上げた。


「名前、お前、俺のこと好きだろ」


自信満々のそれに反論したい気持ちはあったけれど、事実にはどうやったって抗えない。返事なんて出来なくても、さっきよりさらに顔を赤くして、おまけにうっすらと涙を浮かべていれば、これはもう「好き」だと言ってるようなもの。

なにより自分の気持ちが全部見透かされていたのかと思うと、恥ずかしさで消えてしまいたくなった。
「……ほんと、昔っから分かりやすいよな」


くつくつと聞こえる笑い声。

私は何も言い返せない代わりに、最後の抵抗として、自慢だというその長い足を思いきり踏んづけてやった。


「いてっ……たく、素直じゃねーなー」
「ばか!」
「いっつも泣きそうな顔で手紙持って来てたくせに」
「うる、さい」
「俺のこと大好きだもんなー?」


そうだよ大好きだよ!なんて、勢いでもやっぱり言えない。けど、全部、健司の言う通りだった。なんで健司はなんでも分かっちゃうんだろう。



「でもまあ……彼女いるって嘘、本当にしてもいいと思ってんだよね」


さっきまで私をからかうように笑ってた健司が、笑うのをやめた。


「お前を困らせたい訳じゃないし……いいかげん、呼び出しとかされるのも面倒だしな」


また、ドキリと心臓が嫌な音を立てて、思わず唇をぎゅっと強く結ぶ。


「ばーか。なんて顔してんだよ」
「だ、だって……」
「この流れだとどう考えても彼女になるのはお前だからな」
「わ、私……!?」
「名前くらいしかいないだろ。一緒にいても楽で、お互いのこと理解してて……」
「……」
「構ってやれなくても、ちゃんと俺を待っててくれる女」


意地悪じゃなくて、どこまでも優しい顔をした健司が私との距離を詰めた。ぼすっ、と今度は向かい合ったまま、腕の中に閉じ込められる。されるままの私。

密着した健司の胸は普通のそれより少しだけ速く鼓動を繰り返していて。


「そろそろ……ただの幼馴染じゃなくなっても、いいんじゃねー?」


夢でも見ているようなこの状況下、私はやっとのことで首を縦に振るしか出来なかった。



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