SHORT | ナノ
深夜0時の酔っぱらい


「……はぁ、あつい……」


職場の付き合いでこんな時間まで飲んでしまった。額の汗をそっと拭って、何気なく腕時計を見る。深夜の0時をまわっているというのに都会はまだまだ明るく活気があった。まあ明日は土曜だし、この花金に日ごろの鬱憤を晴らそうという人が多いのも頷ける。


(……、ん?)


夏特有のじめっとした夜風を受けながら駅までの道を歩いていると、少し先に座り込む人影が見えた。

タイミング悪く、辺りの人通りが少なかったので「変な人だったらどうしよう」という不安もあったけれど、ここを通らないことには駅に着けないし、終電の時間も迫っていたから思い切って早歩きをする。


「……ぅ、……」
「!!」


歩道脇の花壇にもたれてぐったりした様子のその人は、座っていても分かるくらい体の大きな男だった。時間も時間だし危ない人だったら嫌だと思いながらも、つい足を止めて見下ろしてしまう自分がいた。

こんなところで座り込んでしまうくらいだから、随分と泥酔しているのだろう。なんだか苦しそうにしている。


「あの……大丈夫ですか?」


昔から、よくお人好しだと言われる私。こんな時までそれが発揮されてしまうのかと、我ながら呆れる思いだった。どうやら終電は諦めるしかないみたいだ。


「……しょうがないか、」


このままここに放っておいて何かあったんじゃ後味が悪いし、と自分に言い聞かせて、眠っている男の肩を優しく叩いた。何度か繰り返すうちに、俯いていた顔が目を閉じたまま上を向いた。気分でも悪いのか、しんどそうに眉をひそめて、小さく唸っているのが分かった。


(あれ、この顔……どこかで……)


街灯の下ではっきりと見えたその顔を、前にどこかで見たことがあるような気がした。けれど、こんな大きな男の知り合いなんていた記憶が無いし、いたら忘れる訳がない。

いつでも逃げられるように警戒しながら近くでよく見ると、まつ毛が凄く長くて、とても綺麗な顔立ちをしていた。年の頃は自分より少し下、20代前半といったところか。こんなイケメン、一度会ったら忘れるはずないから、知り合いというのはやっぱり気のせいかと考えるのをやめた。

そんなことより、泥酔したこの見目麗しい美男子をこんなところに転がしていたら、どこぞの悪い女、あるいは男だとしても、そういう人たちに連れていかれるのが落ちだ。ますます放っておくことが出来なくなった。


「とりあえず……お兄さん、分かりますか?……立てる?」
「ん……な、に」
「そこのバス停のとこ、ベンチがあるから、そこまで行きましょう」
「……うす」


ゆさゆさと肩を揺らして、魘されていた彼を無理やり起こした。寝ぼけ眼のままの男に肩を貸して、なんとかベンチまで付き添う。

立たせてみると予想のひとまわりも大きな体格をしていて驚いた。何かスポーツでもしているのか、支える時に触れた身体にはしっかりと筋肉がついていて。この身体にこの顔はもはや凶器だと心の中で思った。


「はい、これ……飲んでください」
「……」


少しの間ベンチに彼を放置して、目と鼻の先にあったコンビニで水を購入した。ついでにタクシー会社に電話して迎えを頼むことも忘れない。

私が差し出した水をじい、っと見つめた彼は、コクリと頷いてそれを手に取った。ゆっくりと喉に流しこむ姿を横目で眺めていると、彼の喉仏が大きく動いて音を立てた。ただ水を飲むだけの動作なのに、男前がやるとなんだか色っぽい。

これで酔っ払いじゃなかったらな、と邪な気持ちが浮かんできて慌てて頭を振った。いまは人助けしてるんだから。下心なんて無いから!



「少しは落ち着きました?」
「……すいません、……っす」
「かまいませんよ」


ベンチに座ったまま俯く彼の背を遠慮がちに撫でた。こんなになるまでお酒を飲んだ理由は分からないけれど、落ち着いてきた彼からは少し反省の色が見えて、それがなんだか可愛く見えてしまった。

タクシーの迎えが来るまでに少しは回復させておかないと、乗車拒否されてしまっては面倒なことになる。そんなことを考えて、彼と話をすることにした。


「住んでるとこ、この近くですか?」
「……たぶん……そう」
「よかった。もうすぐ、タクシー来ると思いますよ」


もともと無口な人なのか、それともまだ酔いがまわってるからか、私の質問に答える彼の口数は少なかった。飲みすぎた時の辛さは理解してるつもりだから、別に素っ気ない返事だったとしても嫌な気にはならない。むしろ同情の気持ちで、押し付けない程度に介抱した。


(困ったときはなんとやら、って言うしね。あ、あれ……電話したタクシーかな)


交差点の信号で2台のタクシーが信号待ちしてるのに気がついた。

ベンチから立ち上がって「来ましたよ」と彼を振り返ると、顔を上げた男は何か言いたそうにして私の腕を掴んだ。
首を傾げて待っていると、「連絡先……」と呟いたのがかろうじて聞こえた。


「……え?」
「迷惑かけた、から……お礼させて、ほしい、っす」
「いやいや、気にしないでください。たまたま通りかかって勝手にしたことだから……」
「……アンタ、いい人……ちゃんとお礼したい」
「そう言われても……」


お礼が欲しいとか下心があったとか、そういうので助けた訳じゃないから、本当にいらないのだけれど。水を飲ませただけだし。意外と律儀な人なんだな、と肩を竦める。

そんな私の心内に気付いたのか、腕を掴む力がさらにギュウ、と強くなった。連絡先を聞くまで離さない、とでもいうような態度にどうしたものかと溜息をつく。

信号が変わり、タクシーが連なって私たちの目の前に止まった。


「じゃあ……これ、会社の名刺。名字っていいます」


自由な方の手でカバンの中から名刺入れを取り出して、その中から一枚を、頑固な彼の胸ポケットにつっこんだ。これでいいでしょう?と彼を見下ろすと、満足げな笑みを返されて一瞬ドキリと心臓が跳ねた。


「ほ、ほら、タクシー待たせちゃってるよ」
「流川っす……連絡する、から」
「はいはい流川くんね。いいから、早く乗って」


名残惜しげに私を見つめてくる流川くんをタクシーに詰めこむ。運転手は嫌な顔ひとつせず、彼の行き先を聞くとドアを閉めた。車がゆっくりと発進したのを確認してから、私ももう一台の方に乗り込んだ。


「流川、って変わった名前だよね……」


帰りの道中、何気なく呟いたそれに、気さくな運転手さんから「やっぱり」と楽しげな声が返ってきた。ニコニコと微笑む運転手さんとミラー越しに目が合った。


「さっきの大きいお兄さん、流川っていうんでしょ?」
「え、ああ……そうらしいですけど……?」
「お客さん知らないかい?流川って言ったら、ほら、いま世間で話題の……」


バスケットボールの選手だったと思うよ。

そう言われて、「あっ!」と驚きの声を上げる。たしかに、そういえば、テレビでその顔を見たことがあった。だから流川くんの顔に見覚えがあったのかと、ようやく納得する。


「へえ……すごい子だったんだ」


まさか介抱した男が海外でも活躍しているスポーツマンだったとは。世の中、何が起こるかなんて分からないものだ。それにしても、身体が資本のスポーツマンがあんなお酒の飲み方をして大丈夫なのか、と少し心配にもなった。

彼が今日のことを明日になっても本当に覚えているかは分からないけれど、もしまた会うことがあれば、社会の先輩として少し注意してあげようと考えて頬を緩めた。





「……名字さん」
「えっ……流川くん!?なんで、ここに」


数日後。仕事を終えて会社を出ると、連絡をしてくるどころか直接私に会いに来た流川くんを見て、心底ビックリした。

そんな急展開にすっかり動転した私が「とりあえず、飲みに行く?」と誘うと、流川くんはあの夜と同じように満足げな笑みを浮かべて一寸も迷わずに頷いた。



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