SHORT | ナノ
君のためという自己満足


翔陽高校の男子バスケ部は全国でも有名な強豪で。そんな部活でマネージャーをしている私は、インターハイを目前に控え、毎日の練習で部員たちと同じくらいヘトヘトになっていた。けれど、疲れた顔は絶対にしない。たとえ裏方の仕事でも精一杯の笑顔でこなしてる。だって、そうじゃないと一生懸命な部員たちと対等でいられないから。


「今日もお疲れさん」


練習後のモップ掛けを終えて、ぞろぞろと更衣室へ向かう部員たち。私も道具を片付けて戻ろうとしたけれど、いつの間にか隣に誰かが立っていた。


「あ、お疲れさま、藤真」


同学年の藤真とは割と仲が良かった。よく話すし、教科書の貸し借りだってするほど。もちろん、他のメンバーとも仲はいいけれど、一番はと聞かれたら間違いなく藤真だ。


「すげー汗かいてる?」
「みんなほどじゃないけどね。マネージャーも結構キツいんだよ?」
「知ってるよ。いつもありがとな」


いつもと同じようなやり取りの後、ぽん、と頭を撫でられた。藤真が言うように汗をかいていたから髪に触れられるのが気になったけれど、本人はとくに気にした様子は無かったから、まあいいか。

なんとなく、こうして触れられることが増えたよなぁなんて考えながら二人で会話をしていると、私たちの前を通りかかった3年の先輩が私を見て急に足を止めた。なんだろうと首を傾げれば、「名字、もうすぐ誕生日じゃなかったか?」と聞いてきた先輩。


「わあ、覚えてくれてたんですか?」
「当たり前だろ」
「嬉しい!なにくれます?」
「えー?じゃあハグしてや「いらないですよ」…即答するなよなぁ……ま、お菓子でもやるよ」
「やった!約束ですからね!」


じゃあな、と去った先輩のあとで「いきなりでビックリしたー!」と笑って隣を振り向くと、何故か真顔の藤真がそこにいた。


「名前の誕生日……俺、知らなかった」


深刻そうな声音に、藤真の肩を叩きながら「別にいいのに」と笑った私。そしたら「先輩が知ってて俺が知らないのって、嫌」なんて子供みたいなことを言う藤真。


「言いふらすものでもないし?先輩には偶然教えたことがあっただけで……」
「誕生日、いつ?」


その迫るような態度が珍しくて、私は目をぱちくりとさせた。傍から見たらさぞマヌケな顔だろうけど。なんでそんなに私の誕生日にこだわるのかと疑問に思いながら、とりあえず日にちを教えた。


「試合の前の日か」
「そうそう」
「……欲しいもんあんの?」
「え、どうしたの、急に」
「いや……なんかしてやりたいなと思って」


なにそれ!と聞き返したくなる気持ちを抑えて、藤真をじっと見つめる。まさか先輩に対抗したいワケじゃあるまいし。とにかく、今日の藤真はなんかおかしい。変なものでも食べたのだろうか。


……そういえば。


藤真について、ここ最近の行動を思い出していると、あることに気付いた。

思えば、藤真は今日に限らず、近頃はずっと変だったような気がする。私に話しかけてくることが増えたし、練習以外でやたら私を手伝おうとしてくれるようになったし、お昼だってしょっちゅう一緒に食べようとか言ってくるし。あとは……よく目が合うようにもなった?


「……っ!」
「………?」


そこまで考えて、信じられないけど、ひとつの可能性が見えた。


あれ、もしかして藤真って私のこと好き?


今までまったくと言っていいほど意識して無かったけれど、思えば彼の行動は恋する者のそれじゃない?
そう考えた途端、藤真の隣にいるだけでそわそわと落ち着かなくなった。

……いや、待って、藤真だよ?学校中の女子の憧れ、王子、バスケ部のエース、スーパーモテモテの藤真だよ?私なんか好きになるわけ……ないよ。まさかね。うん。やっぱり勘違いだよね。あーあ、勝手に好かれてるなんて勘違いして恥ずかしいわ。私って馬鹿だわ。


「わ、私の誕生日なんていいから……全国に集中してよ!藤真はエースだし、試合だって近いんだから……」
「それはそれだろ」
「で、でも……」
「俺に祝われるのが嫌なわけ?」
「いやそうじゃなくて……あの、じゃあ、藤真もお菓子くれる?」
「それは却下」
「えっ……」


腕を組んで構えたまま、私が欲しいものを答えるまで動かないつもりの藤真。

どう答えたらいいんだ!と泣きたくなる気持ちで頭をフル回転させた。なんなら「おめでとう」の言葉だけで十分嬉しいのに、と心の中で呟く。

私たちの周りにはもう誰もいなくて、シーンとした体育館までが私の返事を待ってるみたいだった。ええい、もうヤケクソだ、今思いついたことを勢いのまま口にする。


「翔陽の勝利をください、ってのは?ダメ?」


……我ながら何言ってるんだろうと思う。変な汗が出てきた。これは無い。無いよね。なんか寒いし。言われなくても勝つために練習してるんだとか言われそう。


「あは、あははは」


恥ずかしさを誤魔化すように笑っていると、藤真は少し考えるそぶりをしてから、ニッと口角を上げた。


「……よし、じゃあそれで。お前のために勝ってやるよ」
「……へ」
「だからちゃんと俺のプレー見とけよ。むしろ俺だけ見とけ」
「……う、うん」


あれ?やっぱこれ、藤真、私のこと好きなんじゃない?

焦る気持ちと落ち着かない心臓のせいで、私はうまく笑うことが出来なかった。なんでこうなったんだっけ?藤真に真意を尋ねたくて仕方なかったけれど、満足げに笑う彼を見たら、何も聞かずにおこうという気持ちになった。






ピピィーーー!

「インテンショナル・ファウル!青、9番!!」


「……藤真っ!」


お前のために勝ってやる、そう言っていた藤真が、今、対戦相手の肘を頭に受けて担架で運ばれてしまった。

引率の先生とマネージャーの私が一緒に付き添って病院に向かう。藤真の怪我は縫うほどだと言われ、今は施術されているところだった。廊下のベンチに座りながら、咄嗟に掴んできた藤真のタオルをギュッと握りしめる。
翔陽がリードしていたはずの試合は、負けてしまったと後で聞いた。エースの藤真が抜けたことで流れが変わってしまい、そこからは相手のペースだったと。そうして、翔陽のインターハイは呆気なく終わってしまった。


「……ふ、っ……う……」


藤真の治療が終わるのを待ちながら、悔しさなのか悲しさなのかよく分からないまま頬を伝った涙が、ポタポタと藤真のタオルに染みて色を変えるのをただ見ていることしか出来なかった。



「集合!」


藤真の怪我は縫いこそすれど、それほど大事にはならなかった。そうして学校に帰ってきて頭を下げた彼を、先輩たちが責めるようなことはなかった。まあ、当然だけど。負けたのは藤真ひとりのせいじゃないし。

これからの翔陽を託された藤真は、次の日からキャプテンとして部をまとめるようになった。2年で唯一スタメンを張っていて、責任感もある藤真がキャプテンになることを反対する部員はいなかった。むしろ彼がやらないで誰がやるんだというのがみんなの総意だった。


「それじゃ、まずはランニングから」
「「「はい!!!」」」


藤真の初めての号令で、新チームの練習が始まる。
インターハイで負けたことの反省は沢山した。これからまた来年に向けて気合いれるぞ!と、強豪翔陽のマネージャーとして張り切って動いていた私に部員たちも負けじと必死に練習へ取り組んでいた。


「……名前、」


1日の練習が終わり、片付けを済ませ帰り支度をする。そして、さあ帰ろうと校門を出た所でタイミングを見計らったように誰かに呼ばれた。

少し前にもこんなことがあったなぁ、と考えながら振り返ると、そこにはなんだか真面目な顔の藤真。


「どうかした?」
「……誕生日のことだけど」


そのひと言で、前に言われていたプレゼントの話を思い出す。「お前のために勝ってやるよ」という約束は、残念ながら果たされなかった。けれど、仕方のないことだ。藤真が気にする必要はないのに、全然納得してないという様子だった。


「あんなにかっこつけたくせに、負けて……悔しい」
「そう、だね」
「弁解の余地もねえと思う」
「……」
「だから、来年」


向かい合っていた藤真がずい、と私に迫る。驚いて一歩後ずさった私の背中が壁に触れた。


「俺らの代のインターハイで、名前のために勝つ」


すぐ目の前にある藤真の顔が、楽しげに笑った。どうしてそこまでして「私のために」と拘るのか。ドキドキと脈打つ自分の心音を感じながら、藤真の気持ちを測れないでいた。

ていうか、距離が近すぎる。これはもう友達の距離感じゃない気がするんだけど……


「もしかして、俺のこと意識するようになった?」
「……っ、ええ!?」


私を至近距離で真っ直ぐに見つめて、口元を緩めている藤真。目を丸くしてこちらも見つめ返すと、今度は逆に目を逸らされてしまった。よく見れば、藤真の耳がほんのりと赤く染まっている。


うそ……もしかして、照れてる?


二人して顔を火照らせた私たちの距離は相変わらず近いまま。


「本当は……全国で試合に勝って、告白しようと思ってたんだけど」
「こっ、告白……!?」


まさか、本当に私のことが好きだったのか藤真。そう取れるような言い方に、ますます顔が熱くなる。


「負けたから。それも、来年に持ち越しする」


持ち越しするって言っても、これじゃあ告白されたも同然だ。うわ……顔だけじゃなくて全身が沸騰しそう。それでも、何とか平静を装って口を開く。


「……ほとんど言っちゃってるじゃん」
「言っとかないと、他のやつに取られるかもしれないだろ」
「……馬鹿じゃないの!」
「かもな」


ニッ、と口角を上げた藤真は、体を離す前に私の頭の上にポン、と小さな紙袋を置いた。手に滑り落ちてきたそれを受け取ると、藤真からは「やる」と一言。

首を傾げながら中を見ると、見覚えのあるリストバンドが出てきた。これは、たしか藤真がバスケをするときにしてるのと同じ。


「勝てなかったからな……プレゼントの代わりだ」
「……いいの?」
「お前のために買ったんだからいいに決まってるだろ。遅れたけど、誕生日おめでとう」


いまだに頭の整理が追いつかなくて、何が何だか分からないままだけれど。前からいいなと思っていた藤真とお揃いのリストバンドを手にすると、なんかもうどうでもよくなって、素直に喜んどこうと思えた。

どうせ、藤真に告白されるのは、来年のことらしいから。私はそれまで、今まで通りに藤真と接すればいいんだよ、ね?


「……ありがと……」
「これからもよろしくな」
「うん」
「あと、来年までちゃんと待っとけよ」
「……さあね!」
「絶対だぞ」



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