SHORT | ナノ
聞きたくない


私には特別な人がいる。同じ委員会で一つ年上の先輩で。その人がいつも私を気にかけて特別扱いをしてくれるのが嬉しくて、そしてそれがとても誇らしかった。

委員会の集まりの日、前触れも無く、先輩にどうして彼女を作らないのかと聞いてみた。「なんやいきなり」と落ち着いた声で私を見た先輩は、少し間を置いてからだらりと椅子にもたれかけていた背を起こして、その長い足を組みかえて頬杖をつくと、今度は少し含みのある微笑みを見せた。


「俺は今バスケと名字で手一杯やから」
「・・・っ、」

冗談だってことくらい私にだって分かっていたけど。兄のように慕っていた先輩を、その時からはまともに見ることが出来なくなった。近くにいるだけで、心臓が高鳴って息もしづらかった。

・・・これが恋か、なんて。

自分の中で認めてしまえば、後はその心地よさに浸る毎日をただひたすら幸せだと感じていた。




「南先輩さあ、彼女できたらしいで」
「あ、それウチも聞いた」
「めっちゃショックやねんけど」


廊下を歩いている時、たまたま聞こえた話の内容にドキッと心臓が嫌な音をたてた。同学年の女の子数人が嘆く姿を、こっそりと横目で見る。

豊玉高校で南先輩を知らない人はいない。もう引退したけどついこの間までバスケ部のキャプテンで、スタメンで、男前。これだけ揃っていれば周りに騒がれない訳がない。どちらかというと寡黙な人だけど、そこがまたクールで人気があった。でも本当はよく喋るし、笑うし、とても優しい人だということを私は知っている。

その南先輩に彼女ができただなんて。


(・・・聞いてへん)


南先輩のことを好きな女の子は多い。他校にだっているくらいだ。私だって、その中の一人。あの日からずっと片思いしているのに。一気に現実を突きつけられたような気がして、背筋が寒くなった。




委員会の集まりは定期的にあり、さらに私の保健委員会は週に一度お昼休みの当番をしなくてはいけなかった。そしてタイミングが良いのか悪いのか、今日がその当番の日だ。当番は二人組で、いつもクジで決められる。

今日のその相手は・・・南先輩だった。


「名字、今日はえらい大人しいやん」


私の波立つ胸の内を知らない南先輩が、「なんかあったんか?」といつもの調子で尋ねてきた。
なんかもなにもあなたの事で悩んでるんですなんて、本人を前にして言える訳が無いので、私は今出来る精一杯の笑顔で「いつも通りですよ?」と強がって見せた。納得していない様子の先輩がジッと私を見つめていても、今までみたいに舞い上がったりしない。高鳴る心臓とは裏腹に感情を表に出さないよう一生懸命になった。正直、自分でも何がしたいのか分かってなかった。


「お前がヘラヘラしてへんかったら調子狂うわ」


ふう、とため息が一つ聞こえた。先輩が腕を組んで窓の外を見ている。


「・・・なんですか、それ。私が能天気なやつみたいに」
「そうやなくて」


私の言葉に棘があるのに気付きはしない。私に背を向けたままの南先輩が途端に憎らしく思えてしまった。


「先輩こそ、なんや浮かれてるように見えますけどね。気持ち悪いですよ!」


いつもみたいに減らず口をきく。別に浮かれてるようになんて見えない。ただ、こう言えば先輩の口から本当のことを教えてくれるんじゃないかと思った。あんな噂、嘘なんだって言ってほしい。それで前みたいに「名字で手一杯や」なんて冗談を言ってほしい。

そしたら笑って先輩の隣にいられるのに。


「え、浮かれとるように見える?マジか・・・名字にまで言われるなんてな」


私の期待は、あっさりと消えて無くなった。


「実はな、最近彼女出来てん」
「・・・」
「浮かれてへんつもりやねんけどな・・・照れるわ」


私の方を振り向いた南先輩は、今まで見たことのない幸せそうな笑みを浮かべていて。かと思えば、いつも通りのニッ、とした意地悪な顔で私の頭に手を伸ばしてきた。


「名字は彼氏いらんのか?好きなやつくらいおるんやろ?」


俯く私の頭をぐちゃぐちゃと撫でながら、楽しそうに話す南先輩。私にだって好きなひとくらいいた。もうどうしようもないのに。先輩の話を聞いても理解はしない。したくない。耳栓をしたときのように、くぐもった声だけを聞く。

無神経な言葉に腹が立った。でも、たとえ結ばれなくたって、嫌な後輩にはなりたくないと思った。そして私はただの仲が良い後輩でいることを今、決めた。初めての失恋だ。思えば初恋だったかもしれない。


(・・・、先輩の・・・馬鹿)


「先輩のこと、好きやったのに・・・」


そんな心内とは裏腹に、私の口からは勝手にペラペラと言葉がこぼれた。ハッと我にかえって先輩を見上げれば、驚いた顔で私を見ている。


「・・・名字?」
「なんて、冗談ですから。あはは」
「・・・」
「いややなぁ、そんな反応しないでくださいよ!傷つく!ちゃんと祝福してますってばー!」


すぐに明るい声と顔で冗談だと言った。からかってみただけですと続ければ、どこかぎこちなく頷く先輩。


「あ、でも先輩のこと好きなんはホンマですよ!」


兄みたいになんて死んでも言わない。妹のようにしか思われてなくったって。

こんなに辛いなら、先輩のことを知りたくなかった。最初から知るんじゃなかった。仲良くしてくれないほうがよかった。廊下で声をかけられるだけで胸が痛い。名前を呼ばれると振り向いてしまう自分が嫌だ。先輩の声が、どんなに振り払っても耳に残っているのが、虚しくて堪らない。

好きになんて、ならなければよかった。


「・・・俺も、名字のことは好きやで」


欲しかったはずの言葉は聞こえなかったフリをした。


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