SHORT | ナノ
雨音に紛れて消える


今日はバスケ部の練習がオフだった。天気予報では夕方から雨が降ると言っていたから、私はさっさと帰ろうと昇降口へ向かった。

校門を出て少ししたところで「よう」と声をかけられ、振り向くと同じバスケ部の牧がいた。主将とマネージャーの関係ということもあり、私たちは普段から結構仲が良い。
家の方向が同じなので一緒に帰ることも少なくなかった。だから、今日も自然と隣を歩く。


「そういやあの子、どうなったの?今日は……待ち伏せてないみたいだけど」


キョロキョロと周りを見渡して、隣の牧を見上げる。そこには珍しく困ったように眉を下げる牧の顔があった。

牧は今、ある他校の女の子から熱烈なアタックを受けていた。大会はもちろん練習試合にも駆けつけて応援してくれるのは有難いことだけど、近頃では学校帰りにまで現れるということを本人から聞いていたので、友達として少し心配していたのだ。

その子と中学が一緒で同級生だったという後輩の清田が言うには、当時から押しが強く見た目は可愛いが少し変わった子らしい。

近況を聞いているとここ数日は何の音沙汰も無かったというので、「諦めたのかな」と首を傾げれば「だったら良いんだけどな」と重い溜め息が聞こえてきた。うん、これは、相当困ってるみたいだ。



「牧さん!」


突然、目の前に現れた女の子に私は目を丸めた。やっぱり来たか、と私にだけ聞こえた声からは疲労の色が窺える。


「何度も言ってるが……俺はお前とは付き合えないぞ」
「で、でも、今は気持ちがなくても、好きになってもらえるように頑張りますからっ」


彼女はチラ、と私を横目に見てから、また牧に向き直った。どうやら私がいてもお構いなしみたいだ。


「彼女がいないなら私にチャンスをください!」


隣を見上げると、まいった、という視線が私を見下ろしていた。しょうがない、牧のために一肌脱いでやるかと深呼吸をする。今から私は女優になるのよ、と心の中で唱えた。


「悪いんだけど……私たち、付き合ってるの」
「え?……う、うそです」
「ほんとだよ」
「だって牧さんが、彼女はいないって……」


ひどく驚いた顔で、縋るように牧を見た女の子。


「ねえ、" 紳一 "からも何とか言って?」


急に振られたそれに一瞬考えるそぶりをしてから、芝居に乗っかった牧。


「聞かれたときはいなかったんだが、今は" 名前 "と付き合ってるんだ」
「そんな……」
「だから、悪いが諦めてくれ」


牧のとどめの一言に俯いてしまった女の子。震える肩を見て声をかけようとしたその時、バッと顔あげたその子は私たちを睨みつけるようにして「証拠を見せてください!」と言い放った。


「証拠ってどうやって……」
「本当に恋人なら、ここでキスしてください」


とんでもない提案に牧と顔を見合わせる。


「……ほっぺじゃ納得いきませんよ。しっかり口と口のやつです」
「……えっと、」
「付き合ってるなんて……どうせ私を諦めさせるための嘘、なんでしょう?」


まさかそこまで求められるとは思っておらず、冷や汗が背中を流れた。

ややこしくなってごめん、と牧に視線で謝ると逆にフッと微笑みが返ってきた。あ、バスケしてるときと同じ顔だ。


「いいだろうやってやる」


まさか本気?と顔には出さずに驚いた。女の子が鼻息荒く私たちを見つめている。そうまでして牧のことが好きなのかと、嘘をついてるのがなんだか申し訳なくなってきた。

しかし、牧は気持ちには応えられないと何度も言っているのだ。友達が困っているのだから、協力してあげたい気持ちの方が大きいに決まってる。それに乗りかかった船だ、今さらやめるわけにはいかない。そうして自分を無理やり納得させた。


「……名前、ちょっと上向いてくれ」
「う、うん」


牧の左手は私の肩に、右手は私の頬に添えられ、どんどんと顔が近付いてくる。もう目の前に顔がある。本当にするんだ、と心臓が激しく脈打ちだした。

こんな状況だというのに、牧はいい匂いがするなぁとか、改めて見てもいい男だよなぁとか、牧の彼女は幸せだろうなぁとか、なんか……私が牧のことを好きみたいな感想ばかりが浮かんで来る。なんでだろう。そう考えるとどうしようもなくドキドキして、たまらずぎゅっと目を閉じた。


「…………」
「……ん?」


唇が触れる前に、ぽつ、と額に冷たい水滴が落ちてきた。

驚いて目を開けると、空を見上げて「雨だな」と呟く牧がいる。「悪いがまた今度でいいか?」と牧が苦笑する間にも雨はザーザーと本降りになって、女の子が何か言おうとした瞬間、ピカ、と辺りが白く光った。

私は咄嗟に牧の制服の肘あたりを掴んだ。女の子が「きゃあ!」と叫んだ直後、雷鳴が轟く。


「わ、私はっ……認めてませんから……!!」


そんな捨て台詞を残して走り去っていく女の子の後ろ姿をポカンと眺めていると、牧を掴んでいたはずの手がいつの間にか彼の手に包まれていた。「行くぞ、名字」と声をかけられ、すぐ近くの公園にある東屋まで走った。雨が降ると分かっていたのに、二人とも傘は持っていなかった。




もうどうしようもないくらいに濡れて、雨宿りする意味もないね、と呟いた私に牧も小さく頷いた。


「はぁ……!それにしても、雨に助けられたね」
「悪かったよ、名字を巻き込んで」
「むしろややこしくしちゃってごめんね。まさかキスしろなんて言うと思わなかったから……」
「まったく……困ったやつだ」
「でも、私はあの子が可愛いと思ったよ?牧のこと、大好きなんだなって」
「……気持ちは嬉しいが、どうしようもないだろ。俺はそういう風にあの子を見れない」
「……そっか」


それから少しの間、二人の間に沈黙が続いた。雨はまだまだ止む気配がない。



「ねえ、牧」


今は遠くの方で鳴っている雷の光を見ながら、ふと気になったことを聞いてみた。


「さっきの……あのまま雨が降らなかったら、さ」
「ん?」
「その、してたのかな、キス」


牧の方は振り向かずに、ただじっと返事を待つ。少しして、隣からは「さあな」と一言だけが返ってきた。

私はあのままキスされても良かったよ、なんて牧には絶対に言わないけれど。あの瞬間、そうなってもいいと思ってしまったのは事実で。もしかしたら牧も同じことを思ってくれてたのかな、と勝手に想像していた自分が恥ずかしくなった。



「でもまあ……惜しいことしたかもな」


彼が呟いた声は、激しく降り続ける雨の音に紛れて私の耳に届くことは無かった。



積もるのは恋というもの



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