SHORT | ナノ
うわの空


「なあ、南」
「……んー?」


クラスメイトの南 烈はどちらかというと口数が少なくて、感情の起伏もそれほど無く、普段からぼうっとしていることが多い男の子。よく言えばそこらの高校生なんかより大人びていて、悪く言えば無愛想な青年というところ。でも話しかければ普通に返してくれるし、友達が少ないというワケでもない。


「私、やっぱ好き、南のこと」
「……そらどうも」
「でも付き合ってくれへんねんなぁ」


そんな彼が女子生徒の間でそこそこ人気があるのは偏にバスケのおかげに違いない。なんせ、バスケをしている時の南は最高にカッコいいから。癖のある部員たちの中で決して埋もれず、常にプレーに厳しく、それでいて本当に楽しそうにコートを走り回る南の普段とのギャップにやられたのは何も私だけじゃなくて、現に同じクラスにも彼を好いてる子は何人かいた。女の子に呼び出されて告白されているのも何度か見たことがある。


「彼女がおっても構われへんしな」


どうせ毎日部活や、と窓の外を見ながら呟いた南。彼の隣の席から話しかけていた私は、今日もまたフラれてしまったと内心落ちこむ。たしかこれで4度目だ。

南は彼女を作らない。これは喜ぶべきなのかそれとも悲しむべきなのか。思春期真っ只中で「彼氏彼女がほしい」が口癖といっても過言ではない年頃だというのに、南はあまりそういうのに興味が無いみたいだった。付き合うとか付き合わないとか、そんなことよりも彼の頭の中にはバスケのことだけが詰め込まれていて、そこに私なんかが入る隙間なんてこれっぽちも無かった。

私のこの恋心はなかなか成就しないけれど、南が他の女の子の告白に頷くことも無かったので、私にとってそれはやっぱり喜ぶべきことだった。






あれは何度目だったか、とにかく、最後に南に告白したのは2年生に上がる少し前の春ごろだった。それから流れるように月日が経ち、気がつけば3年の夏休みになっていた。

普通の授業は休みでも、受験生の私は今日も学校に来ていた。夏休みの間は特別補講というものがあって、一応自由参加となっているけれど、大学に進学する3年生のほとんどはこの補講を受けていた。


「……わお、一番乗り」


朝早くの誰もいない教室。補講の間は席が自由で、早い者勝ちだ。私は迷わず窓際を選ぶ。


「……なんや、名字に会うの、久しぶりな気するわ」


毎日毎日、つまらない補講をなんとなく受けていた私の耳に、明らかにいつもの顔ぶれとは違う声が届いた。ドカ、と隣に座ったのは、確かに久しぶりに見る顔。


「あれ……なんで南が、おるん」
「……まあ、察してくれ」


前の黒板あたりを見たまま、ポケットに両手を入れて、その大きな背中を椅子の背もたれに預ける南。どうして、彼がここに。首を傾げていた私は「察してくれ」という言葉と彼の困ったような顔で、なんとなくその理由が分かった。

今まで一切姿を見なかった南が夏休みも後半に差し掛かった今日、この補講に参加しているのは……つまり、そういうこと。予想よりも、ずっと早く、インターハイ会場の広島から帰ってきたということだ。

バスケ部の夏が、終わったんだ……


「とりあえず、お疲れさま?」
「なんで疑問形」
「やって、あんま疲れた顔してへんし」
「……そうかぁ?」
「うん」


本当に、彼とこんな風に話をするのは久しぶりだった。学年が上がると南とはクラスが離れてしまったから話すことも顔を合わせることも目に見えて減ってしまい、それまで勢いだけでしていた告白もタイミングを掴めないまま今日まで何も出来ずにいた。

隣に座った南は去年よりもまた少し背が伸びていて、日に焼けていて、髪は短くなってて、それであとは……


「…………見すぎや、名字」


南がこっちを向かないのをいい事に、じい、とその姿を見つめていた私は、彼の言葉に慌てて視線を逸らした。そりゃあ、二人だけの教室でこんな距離から見られれば、あまりいい心地はしない。それくらい凝視していた。

ごめん、と一言返して私は自分の手元に視線を落とした。隣からは小さな笑い声と「変わらんな名字は」という声が聞こえてくる。


「そんな簡単に変われへん、よ」
「……そーか」


私は南のことがずっと好きだ。何度伝えてもそれは叶わなくて、いつしかこの気持ちを心の片隅に追いやってしまっていたけれど、忘れてしまったことなんて無くて。
たった数分、すぐ近くに南を感じただけで、その頃の気持ちが鮮明に蘇ってきた。途端に、ドキドキと胸が高鳴る。前よりもずっと緊張してきた。今までどんな風に南と接していたっけ、と少し混乱する。

今日に限って、みんな登校してくるのが遅いなぁ、とドアの方を見た。そうして態とらしく南の視線から逃げる。あれ、今度は南からの視線がすごい気がする。顔が熱くなってきた。


「せやったら……あれも変わらん?」
「あ、あれって……」
「名字が俺によく言うとったやつ」
「私が……?」


私がよく言っていたこと、何度も南に言っていたこと、そんなの思い当たるのは一つだけ。

人なんて、そうそう変わるものじゃない。他の女の子はどうか知らないけれど、少なくとも私は、もちろん変わらず、南が好きだ。両思いになれなくても、何度フラれてしまっても、自分でも鬱陶しいくらいに一途に思ってた。

でもどうして今さらそんな事を聞くのか。疑問に感じていた私に気が付いたのか、南は「変な聞き方した」と言って身体ごと私の方に向き直った。そして、なぜか伸ばされる手。


「……っ、え?」
「名字の手、小さいねんな」
「な、なんなん、いきなり……っ」


ぎゅう、と掴まれた右手。咄嗟に引こうとしても、力で南に敵うはずが無かった。変な事を聞いてきたり、急に手を握ってきたり。今日の南はおかしい。それよりも、私の心臓がうるさい。絶対に聞こえてる。顔が赤いのも、きっとバレてる。

内心パニックの私を愉快そうに眺めていた南は、ククク、と笑ってから口を開いた。


「もう昔みたいに……好きって言うてくれへんのか?」


これは本当にあの南なのかと自分の目と耳を疑った。目の前にいるのは間違いなく南本人だけど、私の記憶の中の彼と明らかに態度が違う。

これじゃあ、こんな言い方されたら、もしかしてって考えしまう。勘違いしちゃうけど、いいのか。


「でも、南は彼女いらんって……」
「……そう思ってた、けど」
「、え?」
「なんやバスケが終わったとたん……名字のことばっか考えるようになって……」


私の右手と南の左手は繋がったまま。これは夢かと思いながら、南の目を見つめ返す。真っ直ぐ私を射抜く視線に、ジワリと体温が上がった。


「そういや、何回も好きって言うてきてたわりに最近は何もないなぁ、とか……物足りへん気が、してて」


ばくばく、全身の血が沸騰してるんじゃないかってくらいに、火照る身体。南に握られた手は間違いなく汗がすごい。離して欲しいけど、それよりも、私は彼の言葉に集中するのでいっぱいいっぱいだった。


「ほんでやっと気付いたんやけど」


いいよねこれ。期待していいよねこれ。こんなに距離近いし、手なんか繋いじゃってるし。


「俺もいつの間にか……好きになっとったみたいや」
「……、っ!」


だめだ、泣く。


「クラス離れてから……もう俺に気持ちあらへんくなった?」


そう言って切なそうに笑った南が、繋いでない方の手で私の頭を撫でた。ぼろ、と溢れた涙を見られたくなくて俯いた私の頭を、何度も優しく。


「……泣いとるけど、嫌じゃなさそう、って思ってええか?」


うん、とハッキリ言いたかったのに、なぜか声が出なかった。代わりに何度も頷くと南には十分に伝わったようで、「よろしくな」と頭の上から聞こえた声からは、優しさと喜びが感じられた。

ほどなくし、いつの間にか人で溢れていた教室でいつも通りに補講が始まったけれど。南と両思いになれたという事実がいまいち信じられなくて、周りの声も聞こえないくらいに私はずっとうわの空だった。



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