SHORT | ナノ
3


「たまには社食でもどうだ」と仲の良い先輩に誘われたのは昼休憩になってすぐの事だった。
他に約束も無かったし、今まさに声をかけてこようとしてた後輩の女の子の誘いを断る口実にもなると思って、間を空けずにイエスの返事をした。



「……そういやお前、今度の合同飲み、行くの?」


合同飲み、と聞いて思い浮かんだのは先日営業部の部長が言っていた隣の部署との飲み会だった。そこそこの人数が参加するから是非にと言われていたのをすっかり忘れていた。ついでに、俺が来ると女子が集まるだとかなんとか。それについては曖昧に笑って返した気がする。


「まだ返事してないですけど……行かないですかね」
「やっぱりなー、たまには来いよ。上司に酒注ぐのも仕事のうちだぞ?ま、そんなんしなくても営業部のエースには関係ねーか」
「いえ……酒は良いんですけど俺、あんまり盛り上げたり出来ないし。それに、女の子に捕まるのもちょっと」
「……お前な、んなこと言って女より男に興味あると思われても文句言えねえからな」
「ハハ、なんとでも」


気にせず社食定番のカレーを食べる俺の向かいで「モテる男は良いよな!」と半ばやけ食いを始めた先輩。その様子を小さく笑いながら見ていると、どこからか視線を感じた。

いつもの俺なら、見られていると分かっても振り返る事はあまり無い。よっぽど目が合わない限り反応もしない。だから、今回のは気まぐれだ。ただの気まぐれでそちらを確認しただけ。ゆっくりとそちらを振り返れば、少し離れた所に女子社員が二人いた。その内の一人が、確かに俺に向けていた顔を慌ててそらす。


(そうだ……ペットボトルの、)


妙に見覚えのあるその人は、先日ラウンジで会った女子社員だった。

そういえばもう体調はいいのだろうか、なんて考えながらしばらくそちらを見ていると、俺の視線の先に気付いた先輩がにやにやした顔で口を開いた。


「なに、お前のタイプなわけ?」


先輩のからかうような問いかけは無視して、「……あの人、名前知ってますか?」と小さく指差した。


「事務の女の子か?どっち?」
「えっと、奥に座ってる……」
「ああ……確か、名字ちゃんだな」


社交的な性格の先輩は大体の社員の名前を覚えているらしく、それが女性なら尚更のことだった。こういう所は見習わなくてはと思う反面この先輩は少々手癖が悪いことで有名で、だからだろうか、「良いよなあの子、清楚な感じで」という呟きに一瞬ドキ、とした。どうしてそうなったのかは自分でも分からなかった。


「あの子たちも飲み会来るんじゃね?……向こうの部署は殆ど参加するって聞いたし。あ、でもお前は不参加か」
「…………」
「じゃあお前の分も俺が名字ちゃんとお近付きになっといてやるよ。前から話したいと思ってたしな」


別にいいですとは言わなかった。特にムキになる理由なんて無いはずだから。それなのに、やっぱり、なにか胸に引っかかるものがある。

彼女、名字さんとは話したこともない。知り合いですらない。同じ会社に勤めているということ以外に接点なんてなかった。知っているのはただ一つだけ。彼女がとても丁寧なお辞儀をするということ。

そして思っていたより自分がそこに好感を持っているということ。だからだ。だから、手の早い先輩が名字さんに近付こうとするのをなんとなく好ましく思えない。この胸の違和感はきっとそういうことだ。


「俺も、行きます」
「!……へえ?やっぱお前のタイプなんじゃん」
「……そういうことに、しておきます」


気変わりした俺に少しだけ驚いた様子の先輩は、次の瞬間にはいつもの調子に戻っていた。してやったりのその顔にちょっと悔しくなる。これじゃあ、まんまと挑発に乗せられたみたいだ。


「いやぁ、安心した!お前のこともしかしてゲイなんじゃねえかって心配してたからな」
「余計なお世話ですよ」
「ま、なんにせよ神が来るなら女の子も増えるだろうし……あー、楽しみかも」


とりあえず先輩の気を名字さんから外らせたことにホッとする。

乗り気じゃなかった飲み会だけど、先輩の監視も兼ねて一度名字さんに話しかけてみるのも悪くないかな、なんて。俺も案外楽しみにしているのをバレないようにコップに残っていた水を喉に流し込んだ。


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