SHORT | ナノ
2


新しい支社に異動してきてこちらで働くのにも慣れた頃、身の回りのことが落ち着くと、今度は上司や仲良くなった先輩から“彼女”の存在についてとやかく聞かれるようになった。

自慢したい訳じゃないし自分で言うのもなんだけど、昔から女性に困ったことはない。どちらかというとかなり声を掛けられる方だ。ただ、正直今は仕事が楽しくて、もし彼女がいても相手ができなかったり疎かにしてしまうだろうから。だから彼女はつくってない。

それを口で説明したところで上司も先輩も納得などせず、むしろ「見合いはどうだ」やら「紹介してやろうか」やら言われてしまい、最近ではそれらをうまく躱して過ごす毎日になっていた。


「……神さんっ!今日のお昼、ご一緒しませんか?」


そしてこれも、最近困っていることのひとつ。

どうにも同じ部署の女性たちは俺のことを気に入ってくれている人が多いようで、日替わり入れ替わりで昼食や夕食に誘われてしまうのだ。人として嫌われるよりかは、そりゃあ好かれる方が嬉しいけれど、こうも毎日言い寄られていると溜息の一つも吐き出したくなる。

そんな俺を「羨ましいやつだ」と横目で見ている先輩に嫌味を言うつもりはないが、代われるものなら代わりたいのだという気持ちを視線だけで返した。


「あー……ごめんね、先約があって」
「そうなんですかぁ……残念です」


もちろん先約というのは嘘だ。





誘いを断った手前、社内で食事をするのは気が引けて取り敢えず外に出ることにした。会社を出て歩きながら「さてどこで食べようか」と、いくつかの店を頭に思い浮かべる。すぐに無難な定食屋に決めてそちらに足を向けると、ふと自分の少し先を歩く女の人の後ろ姿が目に入った。


(なんか、大丈夫かな……この人)


ゆっくりとそしてどこかフラついた様子のその人に少し不安を覚えた。もしかして体調が悪いのだろうか。着ている制服を見る限り彼女はどうやら自分と同じ会社の人間らしいけれど、生憎と話したことのない相手だ。初対面でいきなり声を掛けるのはどうかという気持ちと、辛そうにしている人を放っておくのもどうかという気持ちとが揺れてなかなか行動に移せないでいた。

そうこう考えてるうちにいつの間にか彼女を追い抜いてしまい、慌てて振り向いたときには彼女は既に店のドアを潜ろうとしていた。最後に見えた横顔はやはり辛そうな様子。彼女が入ったのは薬局で、ここに来る理由は一つしかない。

心配な気持ちはあるが、そもそも体調が悪かろうが早退せずにいるのだから、何とかなるという自己判断なんだろうし。俺が口を出すまでもないかと考え直し、今度こそ定食屋へと向かった。





(……まだ時間はあるか…………)


外から戻り自分の席に着いたものの、午後の始業にはまだ少し余裕があった。今から一番近いラウンジの自販機まで行っても大丈夫だろう。そこで何か飲み物でも買おうと思い立ち、さっそくそちらへ向かった。



ピリリリリーーーー


そこの角を曲がればラウンジが見えるという所で、急に震えだした携帯電話。ポケットから素早く取り出し、待ち受けに表示されていた上司の名前を確認してから通話ボタンを押した。何のことはない、内容は明日の会議についてだった。

電話をしながらラウンジに着くと、自販機の前には一人の女性がいた。


(あ……さっきの人……?)


その後ろ姿には見覚えがあった。というより、ついさっき俺の前を歩いていた女性だ。

上司に返事しつつ自販機に近付くと、彼女が手元でペットボトルに苦戦しているのが視界に入った。俺の存在には気付かず一生懸命に蓋を開けようとする姿に、不謹慎ながら少し笑ってしまった。といっても口元が緩む程度だけれど。


「あ……」
「その件はすでに確認済みで……ああ、そうですか。はい、ではこちらから手配しておきます……はい」


手を伸ばしたのは殆ど無意識のうちだった。

両手を空けるために携帯は顔と肩に挟んで、彼女の手からペットボトルをそっと取り上げる。カチッという音と一緒に開いた蓋とペットボトルは直ぐに持ち主へ返した。

上司からの指示を頭の中で整理していると、すぐ側で人の動く気配がした。見れば、彼女が頭を下げている。たかだか蓋を開けたくらいでこんなに丁寧に感謝されてしまうと、なんだがこちらの方が申し訳なく感じた。まだ電話中だったため、俺は彼女の肩にぽんと手を置いて顔を上げさせた。

ああ、近くでみるとやっぱり辛そうだ。彼女の顔は熱でもあるのか血色がよすぎる程。

きっと立っているのもやっとだろうに、俺の前ではそう感じさせない立ち振る舞いで頭を下げるその人には、それだけで好感を持てた。あまり長居をして無理させてはいけないと思い、心の中で「お大事に」と呟いてから、その場を去った。


(……あれ、そういや俺、)


角を曲がったところで、通話の終わった携帯をポケットにしまう。

電話を終えると、さっきよりも喉の渇きを感じた。手には何も持っていない。そこで、ラウンジまで行った本来の目的を思い出す。


「……まいったな」


彼女のせいにするつもりなんて毛頭ないけれど。これじゃあ何のためにラウンジまで足を運んだんだか。うっかりな自分に向かって盛大にため息をついた。


予感 3


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