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Sparkle


富ヶ丘中で一番モテる男の子が誰かって聞かれたら皆が口を揃えて"流川 楓"だって言うくらいに、彼の人気は凄かった。私だって、遠目で見ている時はそう思ってた。背が高くて、男の子なのに綺麗な顔をしていて……おまけにバスケがすっごく上手くてキャプテンだなんて!確かにちょっと無愛想でクールだけど……それを含めてもモテない方がおかしい。

だから、今私の身に起こっている事は、どう考えてもあり得ないんだよね……


「……おい名字、また逃げるのか」
「流川君が追いかけてくるからでしょ!?」
「いいかげん俺と付き合え」
「む、無理だってば……っ!」


部活が終わった帰り道の途中。早歩きする私にピッタリついて来るのは、その人気者の流川君だった。……たしかに、女バスと男バスは体育館の使用時間がほぼ同じで、帰りが一緒になる事が多い。バスケ部の私と流川君が夕方のこの時間に並んで歩くのはそこまで変な事じゃないけれど。

彼に腕を引っ張られて壁に追い詰められているこの状況は、非常に好ましくないものだ。


「ちょっと、誰かに見られたら!」
「……関係ない。それより、何でダメなのか教えろよ」


実は私は、同じクラスの流川君から熱烈な告白を受けていた。それも数ヶ月前から。大して話したことも無かったし、どうして人気者の流川君が私なんかを好きになったのか理解出来くて、私はとても驚いた。最初はたしかに嬉しかったけど、周りの女の子たちからの冷ややかな視線を感じて、ハッと我に返った。このまま告白を受けたら、きっと大変なことになる。咄嗟にそう思った私は、気が付けばノーと返事をしていた。
でも流川君に諦める気配は微塵も無くて。顔を合わせれば「好きだ」と照れもせずに宣った。私の事を見ていることが多かったし、気を抜いていると髪をすくわれたり頭を撫でられたり。だんだんエスカレートする流川君から逃げ回りながらも、私の脈は日に日に早くなっていった。

そうして今日も一日彼を避けるようにしていたけれど、帰り道の途中で見事に捕まってしまったのだ。
今度こそ逃さないとでも言うように、がっちりと壁に押さえつけられて、身動きが取れない。これ、誰かに見られたら襲われてるようにしか見えない筈だ。屈んだ流川君の整った顔が、目の前にある。近い近い近い。


「もう!なんで私なの……っ」
「知らねえ。好きになったもんは仕方ない」
「また……そんなこと、言う」


今にもキスされてしまいそうな距離感に頭がクラクラする。ここで流されたら駄目だ。何とか言い返さないと。
彼の意識を他に向ける方法を頭の中で考えていると、今日の練習の最後に顧問が言っていた男女合同の練習試合のことを思い出した。


「じゃ、じゃあ……!次の四中との練習試合で流川君が50点決めたら、付き合う」


切羽詰まってやけくそで口から出たそれは、案外悪くないかもしれなかった。

50点なんて、とても現実的じゃない数字なのはバスケの経験者なら分かるはずだ。絶対無くはないけど、かなり厳しい条件。相手が四中だったらそこまで力の差は無いし、きっと無理に決まってる。
これは私の最大の譲歩。ごく普通の女子生徒である私には……流川君と付き合うなんて、釣り合わないんだから。


「決められなかったら、諦めて、ください」


どうだ、という気持ちで流川君を見上げると、彼は普段とあまり変わらない表情だった。もしかしたら条件なんて飲まないんじゃないかと心配になった。

少しの間黙っていた流川君が、じ、と私を見つめてから口を開く。


「50点だな……その言葉、忘れんなよ」


そう言ってサッと体を離し背を向けると、驚いて動けなくなった私を置いて先に行ってしまった。熱のこもった彼の鋭い視線が、頭に焼き付いて離れない。

まさか、流川君は本当に一人で50点も取れると思っているんだろうか。もし……もしこの条件をクリアしてしまったら。私は流川君と付き合わないといけない訳で……つまり、彼女になるということだ。


「ど、どうしよう……」


人気者の流川君と付き合ったりなんかしたら、絶対に今以上に周りの女の子たちの反感を買ってしまう。もしかしたらイジメられるかもしれない。それが本当に怖い。

……でも。あれだけ拒んでいた筈なのに、私の鼓動は激しく高鳴り、身体全体が火照っていた。これは恐怖なのかそれとも流川君に何か期待しているのか……正直、自分でもこの気持ちが何なのか分からなくなっていた。






練習試合当日。試合は男女一面ずつのコートを使って行われた。私は女子の試合に出場していて、男子の方を見ることは出来なかった。隣から聞こえて来る歓声に意識がソワソワしつつも、パスを受けたボールをゴールへ放った。

試合終盤になって、女子の方はほぼ勝ちが決まったと思うほどに点差が開いていた。選手交代を告げられ、私を含めた殆どのメンバーがベンチに下がった。そうして一息ついたところで、男子のコートへ目をやる。


「50対66……富中が勝ってる」


あちらの方も、勝負がついているように見えた。走っている選手の中から、流川君へと視線を向ける。


ガシャン……ッ!


その瞬間、彼は三人のマークマンの上から片手でダンクを決めた。湧き上がる歓声の中、その華麗なプレーに私は釘付けになり、試合終了の笛が鳴るまで瞬きをするのも忘れてしまっていた。耳元で激しく打つ心臓の音が響き、ぎゅっと握りしめた手の感覚は無かった。


「う、そ……」
「約束だ」


もう皆帰ってしまって二人だけになった校門前。私の手にそっと乗せられた一枚の紙は、今日の試合内容が細かく記されたスコアだった。それを見れば誰が何点シュートを決めたのかが分かる。


「……51点決めた。もう逃げるなよ」

スコアにずらりと並ぶ背番号4が、彼の言葉が嘘でないことを証明していた。本当に、流川君は一人で51点もの点を入れていた。また、鼓動が激しくなる。少しずつ近づいて来る彼とは反対方向に動くと、すぐに校門の壁に当たった。この間と同じ体勢だ。

夕陽を背に私を見下ろす流川君は、皆が憧れるのも当然なほどに綺麗で、何よりかっこよかった。もう、私には彼を拒む理由なんて無い。周りにどう言われようが、流川君が私を想ってくれているだけで良いと思えた。


「好きだ、名前」
「……うん」


頬に手を添えられ、逃げずにゆっくり目を瞑る。人生で初めてのキスに、心臓が口から飛び出てしまいそうだった。

優しく触れていた唇が離れ、これでもかと言うほど赤く染まった私の顔を見下ろして笑った流川君。中学生とは思えないほど落ち着いたその姿に、私は先が思いやられる心地で二度目のキスを受け入れた。


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