SHORT | ナノ
落書き


数学の授業が自習になったと知りどこか肩の力を抜いていた俺は、顔にかかった前髪をかき上げてから、シャーペンを握り直した。


「授業後に提出だからなー」


自習と言っても自由な時間を過ごしていいわけじゃなく、代理の先生はしっかりと課題のプリントを用意していた。数学に関しては割と得意な方で、俺は詰まることなく問題を解き進めていく。

授業時間の半分が過ぎる頃には全てを終わらせ、一息ついてペンを置いたところで小さく欠伸をした。



(・・・見られてる、か?)


よく視線を感じるようになったのはいつからだっただろう。

自分で言うのもなんだが、俺は人に見られることが多かった。それは好奇の視線であったり、羨望の眼差しであったり。良くも悪くも注目されているのは、俺がこの海南大附属高校男子バスケットボール部のキャプテンだからだろうとあまり深く考えることは無かったが。まあ、キリが無いというのが正直なところだった。

ただ、今のこの視線は。隣から向けられているこれには、どうにも意識が向いてしまう。気にすまいとしてもそうはいかない。

隣の席に座っているのは、際立って目立つ所のないごく普通の平凡な女子だ。こういう言い方をすると勘違いされるかもしれないが、決してこれは悪い意味で言っている訳ではなくて。飽くまで客観的に見たらの話であって、実のところ俺にとっての彼女は・・・名字は、とても気になる存在だったりする。



「・・・名字、どうかしたのか」
「えっ?あ・・・な、なんでも・・・」


視線に耐え切れず、ゆっくりと彼女の方に振り向いた。突然の事に驚いたのか目をまん丸にした名字は、俺の声に慌てて返事をする。いつもは優しい笑顔の彼女が、今は少し顔を赤くして華奢な背中を小さくしている。

そしてもう一度俺の方を見ると、「問題、解けなくて」と言ってお手上げのポーズをした。


「名字は勉強できそうなイメージだった」
「まあ・・・数学以外、は」


へら、と微笑む名字。
それがどうにも何かを誤魔化そうとしている様にしか見えなくて、俺は話を元に戻した。


「へえ。で、何考えてたんだ」
「う・・・」


クラスでは皆がそれぞれ好きに話したり課題に取り組んでいるので、誰も俺たちに意識を向けてはいなかった。


「お、お腹減ったな〜と思って」
「・・・昼休みからまだ1時間もたってないぞ?」
「それは、そうなんだけど」
「気のせいかもしれんが・・・ずっと俺のこと見てなかったか?」
「あ、あー・・・その・・・」


俺が核心に触れると、曖昧な声を出していた名字は程なくして黙ってしまった。机の上に置いていた彼女の手が、所在なさげに動いている。

それをジッと眺めて待つ間、俺は自分の気持ちを考えていた。


名字の視線に気が付いたのは今の席になってからだった。それまで彼女はその他大勢の中の一人で、目が合えば挨拶をするし、時には話すこともある至って普通のクラスメートでしかなかった。

それが変わったキッカケはもう思い出せない。でも、本当にいつの間にか、俺は彼女を意識するようになっていて。彼女の気配に、とても敏感になった。前よりも目で追ってしまうし、視線を感じればその意味を期待してしまう。他の誰に向けられても何とも思わないそれが、名字のものだと分かると途端に口元がニヤけてしまう俺は、いつもそれを隠すのに苦労していた。
こういう時、いくら周りに大人びているだとか言われていても、所詮自分もただの高校生なんだと思い知る。



「・・・言いたくないなら別にいい」


未だ言い淀む名字にそう言って、顔をあげさせる。

別に、見ていた理由を無理に聞き出して困らせたい訳じゃなかった。あまりに艶のある眼差しだったから、少し気になったまで。それに、彼女の口から聞かなくても、その眼差しに込められた思いが少なくとも好意的なものであるということは十分に伝わっていた。


「まだ時間もあるんだ、数学教えてやるよ」


困らせた罪滅ぼしじゃないが、あまり進んでいない様子の課題をちらりと見ながらそう申し出た。
驚く名字の返事を聞かないまま「どこが解らないんだ?」と言って腕を伸ばし、彼女のプリントを手にとって目を通す。そして、ある一点を見た。

ほとんど白に近かったそれを掴んだまま、俺の思考は一時停止する。



牧君が好き



課題の外枠の部分に、小さく書かれた文字。無意識に書いたものだろうか、少し字が歪で、変な間隔も空いていた。
でも確かに書いてある。俺の名前と、好き、という文字が。

隣で彼女が俺の様子を気にしているようだったが、顔を向ける余裕なんて無かった。どくどくと高鳴る鼓動に合わせて、顔に熱が集まるのが分かる。とくに、耳が熱い。



「・・・牧、君?」


名字が恐る恐る呼ぶ声でハッと我に返った俺は、一度彼女に視線を向けてから、転がしていた自分のシャーペンを手に取った。はあ、と一息ついてからすらすらと字を書く。彼女の文字の下にだ。


「・・・返す」


二つ折りにしたそのプリントをさっぱり状況を分かってない名字の頭に乗せて、頬杖をついた。彼女がどんな反応をするだろうと含み笑いをして待つ。

書かれた文字を目で追った名字は、さっきの俺と同じように動かなくなった。そして何度も交互に文字列をなぞると、これでもかというほど赤くした顔で俺の方を見た。


「こここれっ、本当・・・っ?」


力が入りすぎているのか、手元のプリントには思いっきり皺が出来ていた。


「・・・書いたまんまだ」



牧君が好き

名字が好きだ



そのたった数文字に、俺の気持ちが込もっていた。
いつからか、どうしようもないくらいに名字のことが好きだった。嫌われているとは思っていなかったけど、まさか同じ気持ちだったとは。無意識に、そう書いてしまえるほど想ってくれていたなんて。そう考えると、腹の底からぞくぞくとした、なんとも言えない気持ちになった。

授業終了を知らせるチャイムが鳴り響いてクラスメイトたちが騒ぎだす中、お互いに顔を赤くしたまま動けない俺たち。



「プリントは日直が集めるように」


チャイムと同時に戻ってきていた先生がそう言うと、名字は困ったように眉を下げて目の前のプリントを見つめていた。




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