SHORT | ナノ
泣き寝入り


「ちょっと楓!いいかげん私の自転車乗ってくのやめてよ!」


放課後の1年10組で今まさに立ち上がった男のえり首を背伸びして後ろから引っ張った。部活に行こうとしてたんだろうけど、そんなこと私には関係ない。
振り返ったその男・・・流川楓をキッと睨みあげると、何故か溜息をつかれた。


「名前のおばさんが貸してくれたんだからいいだろ」
「・・・は?いいわけないでしょ!私も使うのに!」
「だから、一緒に乗ればって言ったじゃねーか」


そうのたまってヤレヤレと肩をすくめる仕草に私の怒りのボルテージは少しずつ上がっていく。
元はと言えば楓が居眠り運転を繰り返して自分の自転車を壊したのに、どうして私の自転車を取られなくちゃいけないんだとその自分勝手さに呆れてもいた。
今朝、母に言われた「名前は部活も何もしてないんだから楓くんに貸してあげなさい」という言葉が私の脳内で再生されるのを振り払う。

(いくら家がお隣同士の幼なじみだからって、ウチのお母さんは楓に甘すぎる!)


「楓の後ろなんか乗りたくない」
「・・・なんで」
「危ないもん!楓すぐ寝るし!落とされるし!」
「・・・」
「ほら何も言えないじゃん」


黙る楓にほら見ろと指を差し(お行儀悪いとかはこの際関係ない)、どうだと言わんばかりに目を細めた。
10組の人たちは私たちの様子を一歩離れて見ているだけで、誰も仲裁をしようとかは考えないらしい。まあ仮に間に入られても、今の私は誰にも止められないと思うけど!

楓が口を開くのを待っているとゆっくりした動作で頭を掻きながら、ボソッと「もっとちゃんと捕まれば」と言うので、私はさっきの楓よりも大きな溜息をついた。


「そんなことしてアンタの親衛隊に見られたらどうすんのよ。ただでさえ私は目ぇ付けられてんのに」


このバスケしか取り柄のない男と不運にも幼なじみということで、私が理不尽なやっかみを受けていることは周知のことだった。
なのに、楓と言ったら・・・


「どうもしねーし、知らねー」


我関せずの態度にふつふつと湧き上がる怒り。この間だって先輩に呼び出しされて危うかったんだから。まあ、通りかかった桜木軍団の人たちが助けてくれたんだけどね。


「自分の親衛隊でしょ。なんとかしなさいよ」
「うるせー」
「でた『うるせー』!何でもそれで解決すると思うんじゃないわよ!」
「・・・じゃあ」
「な、なによ?」


何を言い出すのか身構えると、「名前が前に乗れば」などと言う楓。


「馬鹿!アンタみたいなデカい人間が後ろに乗ったら進まないから」
「む」
「だいたい、私の自転車ママチャリだし、色もピンクだよ。恥ずかしくないの?」
「べつに」


そうだ・・・楓は、こういうヤツだった。その辺の感覚がおかしいのは昔からだ。ほんと、どうしてこの男に親衛隊なんてものがあるのか分からない。
まあ、バスケは上手いけど。それだけは認めるけど。あと背が高いし顔も整ってる・・・っていうのも認めるけど!中身を知れば、親衛隊の子たちだって少しは目が覚めるんじゃないかと思う。



「とにかく、自分のが壊れてるのか知らないけど、私の自転車は使わないでよね」
「・・・」
「返事は?」
「分かった。徒歩にする」
「え?あ、そう・・・」


コクン、と頷く楓。
あっさり了承されて私はなんだか拍子抜けな気もしたけど、大切な自転車を幼なじみに壊される心配がなくなったのでひと安心した。

ところで本人は忘れてるみたいだけど、もうそろそろ部活の始まる時間じゃなかろうか。教えてあげないけど。


「その代わりお前も、徒歩」
「・・・なんでよ」
「一緒に・・・行けばいいだろ」
「なに、楓は私と登下校したいってこと?」


冗談で言ったそれにまたしてもコクンと頷かれて戸惑う私。
え、なにこれ?なんなのこの感じ


「楓・・・くん?」
「・・・名前、鈍すぎ」


突然私の背に回された腕。大きな体にすっぽり包まれる。わあ、とそこら辺から驚く声が上がった。悲鳴も聞こえた気がする。


「ちょ、ちょっと?ここ教室のど真ん中っ」
「・・・うるせー」
「意味わかんないっ!なに、考えてんの・・・っ」
「じっとしろよ」


私がジタバタと暴れまくっても楓にはビクともしない。きっと、私の顔はこれでもかと言うほど赤くなってる。ほんとに、熱い。


「もうっ わかった!わ、私の自転車使っていいから、離して!」
「言ったな」


その一言で冷静になったけれど、時すでに遅し。顔はまったく見えないけど、雰囲気で楓がニヤッと笑ってるのが分かった。


「はっ・・・しまった!って、なんでまだ離してくれないの!?皆見てるんだけど」
「見せとけばいい。うるせーのが減っていいだろ」
「・・・親衛隊のこと?」
「あとお前に近づく男も減る。一石二鳥」
「バカじゃないの!」
「それで、明日からどうする・・・歩くか、乗るか」
「うう・・・分かったわよ、乗ればいいんでしょ」


呆れて仕方なく承諾した私だったけど、どことなく嬉しそうな幼なじみを見て「まあいっか」と思うのだった。

私たちが教室で抱き合ってたという噂は光の速さで全校生徒に、なんなら教師たちにまで知れ渡り、至る所で好奇の視線や悪意ある視線(とくに親衛隊の)を向けられることになった。

・・・でもそれは、私がこの男の幼なじみとして生まれて来てしまった以上、仕方がないことなのだと諦めた。というか諦めるしかなかった。


「って、あんた毎日部活のくせに一緒に登下校なんて出来ないじゃん」
「・・・マネージャーやれば」
「やるかバカ!」



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